海谷への想いははるか昔の1980年、山岳巡礼倶楽部の春合宿で雨飾山ふとん菱の登攀をした際に遡る。まだ20歳前の生意気盛りだった自分が、まだ30歳前だったわたべ氏とロープを組み、今にも折れそうな細い岩稜にまたがっての恐ろしい登攀を終え、雨飾山の山頂から遠望したのが海老嵓の雄姿だった。今登ってきた悪絶としかいいようのない岩稜と比べても、はるかに隔絶し、実際の距離よりも遠く感じる存在だった。
海谷への興味は、海谷の岩場の初期開拓者のひとり、遠藤甲太氏の著書「山と死者たち」を読んでいっそうあおられた。
以降、海谷には何度か足を運び、海老嵓以上に悪絶で規模の大きな千丈岳の南西壁や駒ヶ岳といった岩壁により一層魅せられる結果となった。

1980年10月:単独で海谷に入山。雨がひどくただビバークしただけで敗退。
1981年3月:単独、山スキーにて入山。昼闇山の山頂に到達するが、海老嵓には届かず。
1981年5月:山岳巡礼倶楽部春合宿でこの地域に入るが、明星山でのクライミングと雨飾山登頂のみ。
1981年9月:単独で海老嵓を狙い入山するが、取入口の小屋前で岩壁の悪相にびびって敗退。
1982年5月:山岳巡礼倶楽部の新人を連れて入山。船浦山東壁第三岩稜を登攀。
1983年4月:山境峠から入山。千丈岳に向かうが目の前で雪壁が全崩壊しびびってクライミング中止。船浦山を西尾根から登っただけ。


3年間をかけて通った海谷で登れた登攀が船浦山の第三岩稜のみ。この時期は谷川や穂高などで名だたる岩壁を登り歩いていた時期だったのに、ここまでびびって帰ってきたりしているのは珍しい。それだけ悪い岩場であったということだろうか。

「海谷を登るには、そこをよく知る人と仲間になればよい」と、いかにも安直な発想で、遠藤氏のいた山岳会に入会した。(山岳巡礼倶楽部はわけあってやめた)ここで海谷フロンティアの遠藤氏や黒沢氏、大内氏などとも知り合い、山登りはほかの方向に走っていき、海谷からは逆に離れることになったが・・・・

その後、いつでも山に登れる生活を求めて海外で事業をはじめたりしたが、逆に仕事に夢中になって山登りから遠ざかっていたが、「登り残した壁がいくつかあった」ことに気が付いてクライミングを再開したのが2010年。
その第一弾として海老嵓をやろうと決めた。

パートナーを求めて嗜好性の近そうな山岳会に入会。
さあ海老嵓に登ろう。
深山幽谷を絵に描いたような海谷の最奥部に位置する海老嵓の、最大の課題はアプローチにある。両岸をせまく岩壁に囲まれたこの谷は、冬は雪崩の巣窟。雪崩で固められた雪は春遅くまで残る。そして雪解け後は大量の水が奔流となって谷を埋め尽くす。
可能性があるのは雪崩の落ち切った春に雪を利用していくか、水流の減った秋に渡渉を繰り返すか。

2010年4月29日入山。新しく入った山岳会の女性クライマー2人が今回の登攀につきあってくれることになった。登山口となる山境峠の駐車場から出発。1メートル以上の残雪があるようだ。

駐車場から谷へは山腹の雪面をトラバースしていく。海川の上流部は、両岸からのデブリに覆われているが、豊富な水流がところどころ雪の間からのぞいている。雪は海老嵓までつながっているだろうか。

4月30日。ここから海川沿いに奥を目指すが、雪の崩壊がかなり激しい。

結局このスノーブリッジをロープをつないで何とか渡ったものの、後続は渡れず。

ここでいったん敗退して駐車場に戻る。

5月1日
仕切り直しで船浦山第一岩稜を登る。

船浦山は駐車場からも近い。雪面をピッケル、アイゼンでアプローチし、しじみ岩稜左のスラブから岩壁に取付く。雪で高度を稼いだため、ロープ1Pで中間バンドに達する。草付きバンドのトラバースで第一岩稜の取付きへ。

高度感まんてんのリッジを2P登ると、傾斜はさらに増してきて、いよいよ垂直の核心部にいたる。

垂直部は取付きに残置ボルト一本があるばかりで、支点は見当たらない。10メートルほどの垂直部がどうしてもふんぎりがつかず、登っては戻りを繰り返すが、リッジ左手に巻き込んだところでホールドのつづくラインを見出し登路とする。ようやくみつけたリスにアングルハーケンを叩き込んでランアウトで突入。すばらしい高度感だ。このピッチ終了後は2Pで終了点。下降は壁の右端にかかる送水管のはしごを拝借して一気に下山。

【記録】
4月29日
 新宿6時~三峡パーク12時~海川本流(千丈南西壁右岩稜下)15時半(幕営)
4月30日
 出発6時~海川二股手前7時半~三峡パーク9時半~海川第二発電所10時半~船浦山東壁基部11時半~海川第二発電所12時半~糸魚川周辺をうろうろ~三峡パーク18時(幕営)
5月1日
 出発6時~海川第二発電所6時半~船浦山東壁基部7時半~登攀終了11時~送水管上部12時半~海川第二発電所14時

【ガチャ】
 アングルハーケン1使用(回収)、小さめのカムが何箇所か使える