
弾左衛門の峰というピークがある。
戸倉三山の刈寄山と市道山の間にある669mのピークだ。
高尾周辺を遊びつくす作戦の一環として、バリエーションルートのとれそうな山を探していてたまたま見つけた。
弾左衛門?
江戸時代に関八州のエタ頭として、徳川幕府からも公認されて威勢をふるった浅草弾左衛門と関係があるのか?
調べ始めると、弾左衛門と八王子の西にある恩方町、そこを横切る陣馬街道などとの関係性についてのある仮説が浮上してきた。
ならば陣馬街道の北辺に連なる恩方アルプス(千手尾根とも言われる)を縦走して弾左衛門の峰まで行ってみよう。
さて今までは、高尾周辺のバリエーションルートを中心にテーマをこじつけてお遊び登山をし、午後早い時間から「下山飯」で有名な焼き鳥屋「味はる」で宴会をするというのが定番化していた。
でも今回は「味はる」の店主、久保さんが山遊びに参加を表明。
そうすると「味はる」打ち上げはないね。
まあ打ち上げ場所は高尾地元の久保さんにまかせることにしよう。
クライミングの世界の兄貴分、中尾さんにT田さんも加わり4人での里山縦走となった。
恩方アルプスの尾根自体はなだらかなのだが、稜線上に多くあるピークのひとつひとつが急傾斜の登行で、想定外に時間がかかってしまい弾左衛門の峰にはとどかず。というか予定コースを歩ききれないこともなかったけど、早くから飲みたい我々としては夕方遅めの下山はNGということで、恩方アルプスのみの山遊びとなった次第。
弾左衛門の峰と浅草弾左衛門の関係についての検証は次回、ちゃんと歩いた後に味はるでディスカッションをやるということにして、今回は恩方アルプス縦走のご報告となりました。

高尾駅から「陣馬高原下」行きのバスにのって、大久保下車。
本日のコースを赤沼が説明しますが、中尾さんは初対面の味はる店長、久保さんのインパクト強めの風体に目をとられて、内容がちっとも頭に入らなかったとか。


大久保バス停前のお寺の中を突っ切り、浄福寺寺址ともなっている千手山を目指す。


なかなか急な登りだが、道中は仏像などの遺構が立ち並んでいる。

山頂には浄福寺城という標識と祠。

浄福寺寺址(千手山山頂)から西に急な斜面をおりる。

10分ほど歩くと樹林が刈られて視界の開けたピーク。
ここから先は恩方山まで地図の登山道標記はなくなるが、実際はほぼ全行程で踏み跡を辿ることができた。




浄福寺城址から天神山に至る真ん中あたりで、切通と稜線上の踏み跡が交差している。このあたりも城の一部だったのかな?



興慶寺山から10分ほどで林道を横切る。
擁壁を下りて、向こう側の擁壁を登るルートファインディングがポイント。
擁壁沿いの踏み跡をたどると階段状のおりくちがあった。

林道の向こう側も擁壁。迷いながら林道を右に。

擁壁の切れ目まで行き、今度は擁壁沿いに登れば353mピークへの比較的緩い尾根に乗れる。

いくつもある稜線上のピークがどれも急傾斜で、ここまで想定外の4時間ほどかかり、もう14時。恩方山からは登山道がしっかりとついている。
このペースで弾左衛門の峰まで行けばあと2時間程度か。
そこから下山すると17~18時の下山。
頑張って目的達成するか、この先の高留沢の頭から下山して宴会になだれこむか。
一応話し合いをするふりをするが、内心はおそらく全員一致で下山一択。



宮尾神社のすぐ下、夕焼け小焼けふれあいの里からバス。
ちなみに宮尾神社の宮司の息子さんが夕焼け小焼けの歌詞を作ったんだって。

高尾駅前の蕎麦屋で宴会。
なんかいろいろ美味しかった~。
