アルパインクライミング・沢登り・フリークライミング・地域研究などジャンルを問わず活動する山岳会

カテゴリー: 山行報告 Page 4 of 9

霞沢岳2514峰西壁

霞沢岳は穂高連峰の展望を楽しむ静かな山として知られているが、実は大小の岩稜や岩壁、切れ上がった沢などを多数有する列記とした岩峰だ。
ここを霞沢岳ではなく、南穂高岳とでもすればよかったのにと言う人もいるくらい。
上高地帝国ホテルから霞沢岳にむかって一気に駆け上がる八右衛門沢を見ると、奥にいくつかの岩場が散見できる。しかし谷の奥にあるためか、あまりその存在感を感じさせない。
だが実際、八右衛門沢を遡行してみると、すぐに谷は急激にせりあがり、いつの間にか数々の岩壁に囲まれる。
なかでも上流部右岸側壁(2514m峰の西側)は400-500m規模の顕著な大岩壁となっている。そこは屏風岩のような一枚岩ではなく、急峻なリッジと風化花崗岩のスラブ、それにはいまつなどの草木に覆われた垂直のフェースによって構成されている。

2514m峰西壁の核心部を見上げる
八右衛門沢上流部から右岸側壁を見下ろす。


2015年9月、霞沢岳の岩壁群の偵察のため八右衛門沢を遡行。

2021年にようやくここを登るべく訪れたが、天候不順で敗退、転進。

そして今年、ようやく登ってくることができた。

パートナーは昨年敗退の際の相棒、石鍋礼くん。赤沼よりひとまわり以上年少だが、彼が中学生時代からのつきあいとなる。仕事も家庭もクライミングもメリハリよく大切にしているらしい。
そして女性だけの山岳会、銀嶺会の代表/組長、宮田実穂子さんがどた参加。ハイパーとも言える行動力に、明晰な頭脳と明るい性格の人たらしぶりを生かした人脈がすごい。

7月24日、沢渡から朝一番のタクシーで帝国ホテルへ。
八右衛門沢出会いまではすぐ。

早朝の霧に包まれた沢沿いの林道を歩き、林道がつきたら沢に入る。
沢は上に行くほど傾斜が強くなってくる。
小一時間で霧も晴れ、目指す2514峰西壁(八右衛門沢右岸側壁)が正面に見えた。

三本槍沢を分けると傾斜はさらに急になる。

八右衛門沢の遡行は上に行くほど傾斜を増し、ところどころクライミング技術を要する滝があらわれるが、慣れたクライマーならロープはいらないレベル。
ただ傾斜の増したガレ場は、いつ岩雪崩を誘発するかわからないので、場所によって一人ずつの歩きとする。

2514峰西壁の基部。

岩壁は中央部のリッジと右のスカイラインをなすリッジ、ふたつの大きなリッジを中心に展開する。上の写真中央部のリッジが壁の中央あたりとなる。ここは下部が木に覆われており、また上部は壁の中央部に合流しているため、その先が読めない。
このリッジを巻き込んで、右スカイラインとの間の凹角(ルンゼ)を取付きとする。

凹角に入る。100mほどは沢状をロープなしで簡単なクライミング。
このあたりからロープを出し、1P目とする。
背後に上高地を見下ろす。

1P目取付きからルートを見上げる。

右スカイラインが顕著な岩のリッジ。左は風化花崗岩のぼろぼろのスラブ。そして左は岩壁中央部分のリッジが垂直に、不気味に立ちはだかる。

右側の壁と中央のスラブ帯にはさまれたクラック沿いにクライミング。
壁はつるつるで、硬くフリクションの効く部分を探し出しながらの繊細なクライミング。ミリ単位で高度を稼いでいく感覚が久々で楽しい。

2P目は風化してボロボロのルンゼを右の壁に沿って左上。

中央部からせりあがってきたリッジの小ピーク手前でロープいっぱい。ピッチを切る。

技術的には難しくなく、楽しいピッチ。
3P目で左の小ピーク上に出る。明るく楽しい。

小ピーク上は風がさわやかで気持ちいい。

4P目。目の前は垂直の壁に阻まれる。

逆光でルートが読みづらい。弱点を探しつつじわじわと登るが、傾斜が強くて困難。草付きのラインを選ぶが、ハングに下向きに生えた草木をつかんでの強引なクライミングとなる。灌木の根にあぶみを下げての人工登攀もまじえて全身駆動の登りで手足はぼろぼろ。

4P目終了点。垂直部を越えると風化花崗岩のざらざらフェース。
5P目取付き。ここからさらに急な草付きフェースがつづく。
5P目で灌木に覆われたリッジに入る。リッジ手前がひどい風化花崗岩のスラブで、木に飛びつくようにしてトラバース。

6Pは灌木をつかんでの急傾斜の藪漕ぎ。危険はないが身体にはきつい!

さらに灌木からはいまつの藪漕ぎ100mほどで小さなピーク上に出る。ここで一応ルートは終了?かと思いきや・・・・・

ピークの先は垂直に切れ落ちており、2514m峰と思われるピークの手前には垂直のピナクルが林立している。思わず天を仰ぐ。
3人とも全身駆動のワイルドなクライミングで疲れ果てているのだ。
しかもピナクルは登るには相当難しそうだ。
ここで今日中に下山して宴会やろうというプランは消滅。ビバーク確定ですな。

ピーク上でしばし迷う。

ここからの下山オプションは・・・

1 登ってきたルート下降(支点構築が難しい。手持ちボルトとハーケンでは、灌木が見つからない場合3~4Pの懸垂下降が限界なのでリスクが高すぎる。)
2 左方面に三本槍沢右股を下山(同上)
3 八右衛門沢方面におりている灌木のリッジを懸垂下降(どこまで灌木があるか見えない。支点構築リスクが捨てきれないし、灌木リッジの懸垂下降はロープワークがかなり面倒。)
4 右方面の沢を八右衛門沢方面に下山(同上だが、傾斜がいくらか緩いので滝が少ないかも?)
5 3つのピナクルをすべて根性で登って縦走する。(つらい!つらすぎる!もう精神力も体力も限界だ~!)

とりあえずオプション1, 2, 3はなし。

オプション4の沢下りの可能性を偵察するため、まずは小ピークから沢の上部まで懸垂下降してみる。

沢のほうに少し下って様子を見るが、すぐ下がスラブ状の滝になっていて、その先が見えない。これはあかんな~と上を見上げると、なんとピナクル群を巻いて稜線上に戻れそうなゆるいルンゼが入っているではないか!

これでまんまとピナクル群を巻いて、稜線上の激やぶをこいでなんとか2514峰に到着することができた。

2514峰から巻いてきたピナクル群を振り返る。

左のピナクルが西壁の終了点。その右のルンゼを懸垂下降して3つのピナクルを巻いてはいまつの稜線にあがった。これを縦走したら大変な思いをするところだった。(冷汗)

2514峰山頂にて
ここからは2つのピークを越えて延々のはいまつ藪漕ぎとなるが、2514m峰以降はいくらか人も歩いているらしく、たまに踏み跡もあり、藪漕ぎ自体が少しだけ楽になる。
まもなく霞沢岳のK1。登ってきた尾根を振り返る。
というわけでK1に到着。

もはや霞沢岳ピークハントの余裕はなく、この日は登山道を徳本峠まで行き、ツェルト泊。しかし宮田さんの交渉力よろしきを得て、なんと徳本小屋からビールを入手。打ち上げをして、翌日明神経由下山となった。

【クライミングデータ】

八右衛門沢出会いからK1までのトラックレコード
クライミングルート

八右衛門沢を遡行し、三本槍沢を左に分けるとすぐ右岸が2514m峰西壁。
大きなリッジをひとつ越え、次のリッジ手前のルンゼから取付き。
1P目 ルンゼを左上。クラックと左右のフェース、右側の壁をホールドとして総動員しての繊細なクライミング。50m 5~6級程度。
2P目 ルンゼをさらに左上。岩壁中央部のリッジ上の小ピーク手前まで。50m 4級
3P目 小ピークの上まで50m 4級
4P目 目の前の垂直フェースを直上。半分は草木の根元をつかんでの強引なクライミング。50m 5級A1(灌木の根にあぶみを1回使用)
5P目 草木に覆われた右上ルンゼから右リッジを巻き込み、さらに左にトラバースして灌木帯に入る。30m 4級
6P目 灌木のリッジを直上。50m 2級
7,8P目 灌木リッジ。100m 2級

装備はカム2セット。ハーケン2本使用(1本残置)、残置ハーケン1本発見し使用。ボルト不使用。

タイム
7月24日
05:10 am 八右衛門沢出会い出発
06:00 am 三本槍沢分岐
07:40 am 2514峰西壁基部
08:00 am ルートにしたルンゼ基部
08:30 am 1P目取付き
14:00 pm 終了点のピーク
14:30 pm 終了点より八右衛門沢側に懸垂下降
15:10 pm 2514m峰
16:10 pm 霞沢岳K1
19:30 pm 徳本峠

上記の絵では三本槍の位置を間違えてますm(__)m

参考資料等

霞沢岳でのクライミングに関する資料は非常に少ない。

白水社「日本登山大系」霞沢岳の沢の項に以下の記述がある。
昭和30年台後半、グループドモレーヌ、都庁山岳会などいくつかのグループが八右衛門沢右岸側壁に目をつけ登ったらしい。

ついで上記を執筆した山梨の東斐山岳会のメンバーが昭和40年台に2年にわたり、霞沢岳で18本のルートを登り、山と渓谷410号に記録を投稿した。
記事の要約、紹介はこちら。



木賊山-ずくなしハイキング

低山愛好家として多くの著作を物している横山厚夫さんが、某サイトで紹介していた木賊山に登ってみることにした。曰く「ずくなし登山」だと。ずくというのは元気とか根性といった意味で、下町の山岳会のおっさんたちが使っていたので東京下町言葉かと思いきや、実は長野を中心とした方言だった。つまりお気楽ハイキングの対象だということ。


木賊山(とくさやま)というのは甲武信岳近くのやつが有名だが、ここで紹介されていたのは甲府方面と瑞牆山の西側の登山口、瑞牆山荘あたりを結ぶクリスタルラインという林道の途上、木賊峠近くの小ピークのことで、横山さんが便宜上、そう仮称したらしい。
クリスタルラインは、知る人ぞ知る花崗岩の美しい渓谷に沿った林道で、原生林の多い気持ちよいエリア。横山さんのお薦めでもあるし、妻とのお気楽ハイキングにはうってつけと確信した。

木賊峠近く

戻り梅雨のようなはっきりしない天候だが、森歩きならかえって気持ちよいかもしれない。

木賊峠の位置


実際に歩いたトラック。1770mの小ピークまでの往復で片道20-30分のほんと、ずくなし登山
木賊峠からしばらくは気持ちのよい樹林。踏み跡もしっかりとある。
雨上がりで足元はあっという間にびしょぬれ。たまにある倒木に体力を消耗する。

10分も登ると鹿よけの柵にあたる。柵内は草ぼーぼー。つまり鹿のおかげで藪漕ぎが少なくてすんでる?
山頂はなにもない原っぱ
瑞牆方面?の岩山が幻想的に浮かび上がる

のんびり歩いても往復1時間もかからないお気楽ハイキングでした。





南相木グレートトラバース(エクステンディッド)

徒然に地図を眺めていて、何気に訪れてみた城山(海ノ口城址)。
そこから長野県のなぁ~~~んにもない村、南相木村での山歩きが始まった。
南相木村の村界はほとんどが登山道もないような山稜だ。
城山を歩いた後、長野県南牧村との村界尾根をすべて歩き、(酔狂で)南相木グレートトラバースと名付けた。鹿や狸の踏み跡をたどっての素敵な山歩きとなった。
今回はその起点となった馬越峠から反対側(東)に向かって、川上村との村界尾根を歩いてみた。グレートトラバースルートがアップグレード(Extended)されたわけで、城山からはじまって、南牧村との村界尾根にさらに川上村との村界尾根が加わったものを新しい南相木グレートトラバースとしてしまおう。
この先は北の村界尾根を踏破し、それらすべてを包含して「南相木村サーキット」ないしは「ラウンド南相木」とでも名付けてしまおうと思っている(笑)

さて今回も車2台で行って、1台は下山予定地にデポ、もう一台で登山口に向かう作戦。

相棒は長友さん。車も持っているし、山に関しても全幅の信頼がおけるパートナー。ただ彼は4月に右手を怪我してしまい、今はリハビリ中。右手でのクライミングは無理だし、転んで手をつくのもNG。
それでもプロテクターで手を固めての参戦。頼もしいというか無謀というか。

彼の状態を考慮して、馬越峠から登山道のある御陵(おみはか)山往復というぬるいプランを提案したのだが、逆にさんざん長駆登山をそそのかされ、南相木村/川上村の村界尾根全踏破をすることとなり、結局18キロ近くにおよぶ8時間半のロングランとなった。

下山予定地の南相木ダムの駐車場に車を1台デポ。
日本一標高の高いダムと言われるここを訪れるのはすでに4回目。
さて今日中にここに帰って来られるのか?

南相木村村界尾根の南側山稜(南相木グレートトラバース)を横切る唯一のまともな車道、小沢しなの入トンネルを越えて川上村側に抜ける。
登山口となる馬越峠は南相木村、川上村間の峠道で、当然南相木村側からもあがることができるのだが、当分の間は南相木側が工事中で通行止め。なので遠回りしてあがるのだ。

馬越峠から東に向かって歩き出す。

馬越峠から西へ登山道を辿れば先日も通った天狗山。反対側は擁壁となっているが、左の隅に踏み跡があり、登山道に入れる。御陵山までは比較的よく整備された道。

御陵山って、この山域に唯一残る伝説、悲運の皇子重仁親王の陵?とか思ってたけど、違うことが書いてありますな。まあ強引に結び付けて仮説をたててみたりするのも楽しいでしょうが、それはまた今度。

壊れかけた祠に手を合わせてさらに先へ。
振り返れば天狗山
登山道はなくなるが尾根は歩きやすい。踏み跡もそこここに残っている。

御陵山から東に1.5キロ程度縦走した先、1753m峰あたりが地形的には今回の核心部。何せ長友さんは、転んで手をつくことが絶対許されないのだ。

岩稜ぽくなってくる。慎重にルートファインディングしていく。
川上村側にまたまたソーラ出現。

そういえば馬越峠の手前も伐採中とあって、大量の樹林を切り倒していた。どうやら川上村は南斜面のすべてをソーラにするつもり?
薄っぺらい偽善と拝金の匂いがプンプンして不快感マックス。

しばらく岩稜がつづく

尾根がなだらかになってきたあたりで、川上村から南相木村に抜ける林道をまたぐ。

尾根は延々とつづく。少し飽きも入ってくる。

ところでほとんどの行程を長友さんに先導してもらった。
体力差を補うのにこれはかなり有効だった。
道を読んで、GPSで確認して、ペース配分して・・・という作業がかなり体力を使っているんだろうと思う。
ただひたすら長友さんの後ろ姿を追って歩くのが楽で、癖になりそうだ。
これも長友さんに全幅の信頼がおけるがゆえ。道もたまには間違うが、それは自分も同じだし。間違いも含めて信用してついていく。そんな気持ちになれるのがなぜか嬉しい。

今回は8時間半ほどの行程だったが、道中のかなりの部分を二人で喋り散らした。これも毎度のパターン。

長友さんによれば私の登山は「最高に享楽的」なんだそうな。
最大限の誉め言葉として受け取る。

クライミングばかりやってた10台最後から20台のころ。
仲間がばたばたと亡くなっていくのを見ていて、自分の寿命も長くて30くらいだろうと思っていた。だったら死ぬまでの残り少ないクライミング行を最大限に楽しいものにしないと・・・と思った。
無駄な山行をなるべくしないよう、少しでも多くの感情を味わい、多くのものを見て、怖い想いもして、多様な山の楽しみに、クライミングという最高にクリエイティブな表現行為を通して触れなければならないという強迫観念に突き動かされていたように思う。

30過ぎても、40過ぎても、50過ぎてもなぜかまだ生きていて。
だんだんそんな切羽詰まった気持ちも薄れてきて。
でも還暦過ぎて、人生の終わりまでの時間を数えはじめた今、なぜかあの頃に近い感覚が戻ってきているみたい。
死ぬまでにできるクライミングはもう限られている。
だから無駄な暇つぶしみたいな山はやりたくない。
すごい山とか難しい山をやりたいわけではなく、自分として納得のいく山との触れ合い方、素敵なパートナーたちとの関係性、岩や山肌の感触、まだまだあるだろう未知の感情・・・・そういう無数で多様なものをすべて自分のなかに封じ込めて死にたいな~
なんて話を道中ず~っと話していた。

もちろん長友さんの登山論、美意識などについても興味深く拝聴した。
今回は前のように高いところから低いところに縦走するという楽な道をとらず、登りの多い道中になったのも長友さんのそんな美意識によるものが多い。そのへんこだわらない私は従うのみ。

道半ばを過ぎた1907m峰あたりでお昼。今回は飢えないようにおにぎりいっぱい持ってきた。

私の持ってきたシャトレーゼのよもぎ饅頭、長友さんのカロリーたっぷりビスケット、ウィダーインゼリーなど、おにぎり以外の食の楽しみをとっておいて、「あのピークについたらこれを食べよう!」というのを大きな楽しみに道を進める。

今回の最高到達地点。高天原山。国土地理院の地図には山名記載がなかったが、Geographicaには出ていた。ここで南相木村/川上村の村界尾根はおしまい。

ここから北に、今度は群馬県上野村との村界尾根に入る。すでに南相木ダムの東側に回り込んでいるので、このままダムに下りれば今回は終了。

南相木村の山は、北斜面がなぜかみなシダに覆われている。尾根をたどってダムにおりようと思ったが、シダに覆われた足元が見えなくて、倒木や苔に覆われた岩が滑るので危険。

尾根をやめて沢下りにする。三川は南相木側、奥三川湖(南相木ダムのあるところ)の最上流だ。

南相木ダムの遊歩道から三川に伸びる林道に着く。
南相木ダムの遊歩道をぐるっと半周して、デポ車を停めた駐車場へ。
南相木ダムに到着

【記録】

トラックレコード(西から東へ)

左端の馬越峠から歩き出し。東へ御陵山。その先は登山道はなし。
踏み跡をたどってさらに東へ。オソネ、東沢の頭と名付けられたピークを越えてさらに東へ。
再東端は高天の原山。北東には御巣鷹山。このまま東へ行けば三国山。

高天の原山から北上し、途中から適当に西の尾根に入る。三川の沢を下って南相木ダムに到着。

歩いた日:2022年6月26日

馬越峠 7時30分発
1753m峰 9時30分
オソネ  11時11分
1907m峰 12時10分
1935m峰 13時15分
高天の原山 13時45分
三川林道  15時15分
南相木ダム駐車場 16時着
全行程約17.5km 8時間半の歩きだった。

南相木グレートトラバース

初夏の彩りに満ちた、美しくなだらかな、そして変化と起伏に富んだ尾根を縦走してきた。数知れない鹿の群れと、熊やいのしし、狸の痕跡に満ちていたし、林業家の手は入っているものの、登山者の訪れた気配はほとんどなかった。

長野県南相木村と南牧村の村界尾根を縦走するこのルートに、勝手ながら「南相木グレートトラバース」という大層な名前を付けた。

直線距離で約7.5kmの比較的なだらかな尾根で、西端近くに武田信玄初陣の地と言われる海ノ口城址(城山)、東端は佐久の盟主男山と天狗山の間に位置する垣越山となる。
この尾根上で国土地理院の地図に名前が載っているのは、城山と大芝峠、合羽坂、それに臨幸峠だけ。あとは垣越山も含めて、各ピークに標高を示す数字が記載されているだけだ。つまりほとんど知られないマイナーな尾根だということ。たいがいのデッパリには登ってヤマレコあたりに記録を残しているあのディープハイカーズも、ここにはほとんど足跡を残していないようだ。

これはパトロールが必要だと、まずは尾根の中央あたりにある臨幸峠というところに登ってみた。

コゴミの親分ソテツに覆われた、急な北斜面を登っていくと峠で植生が明るく変わり、八ヶ岳などの展望も一気にひらけた。なだらかで、美しい尾根だ。

パトロールの際は臨幸峠から東、天狗山の方向に少しだけ縦走してきた。やぶの密生も激しくなく、展望に恵まれた気持ちのよい尾根だった。

天狗山から臨幸峠を通って、海ノ口城址(城山)までつなげたら、楽しいルートとなるだろう。このルートは川上村を一部通り、南牧村と南相木村の村界を辿るものとなる。商業的な開発や有名な山、観光資源に乏しい南相木村に興味を持って、何度か訪れたことから始まった縦走プランなので、「南相木グレートトラバース」と名付け、実行することとした。

メンバーは強くて力持ち、ダンディーI口さんと、ハンターで写真家のワイルド自然児T丸さん。全長13.5kmほどの道なきルートを行くプランなので、植生や岩場の状態次第でどれくらい時間がかかるかわからない。しかし今回は、体力十分、経験十分で頼りがいのあるメンバーがそろったものだ。つまり足引っ張る担当は赤沼ということで。

左から野生動物の敵(あるいは仲間?)T丸さん、おにぎりいくつ持ってあるいてるんですか?なI口さん、それに疲れ気味の赤沼

土曜午後に八ヶ岳南麓の家に集合して、もちろん宴会。T丸さん持参のロースト鹿肉に舌鼓を打ちつつ、酒の空瓶が並ぶ。
それでも翌朝は4時に起きて出発。
I口さんの車を佐久海ノ口駅にデポし、南相木側から赤沼車で馬越峠に向かう・・・が、まさかの雨。プランはいったんあきらめ、南相木唯一の観光資源ともいえる、南相木ダムまでドライブ。一応登山口を確認しておくかと馬越峠に向かってみたがなんと工事で8月まで通行止め。
ここまでやってもまだ6時台。では南相木から臨幸峠を越えて、川上村の御所平に至り居を構えたという悲運の皇子、重仁親王を祀ったと言われる御霊神社にも立ち寄り、さらに川上村側からの馬越峠も偵察しておこうということになった。

御所平の御霊神社。入口は藪に覆われていて場所を見つけるのに苦労した。

さて今度は馬越峠に川上村側から登っていくと、峠まで着いてしまった。
どうやら工事は相木側だけらしい。
時間は8時前。そしていつの間にか雨は止み、晴れ間さえ見えている。


「天狗山でも往復してくるか?」
「だったら臨幸峠まで行って、そこから佐久側におりれば小海線の佐久広瀬駅から電車でI口車まで行けるんでは?」
「いやあ、それだと車道歩きが長いし、たいして所要時間もかわらなそう。なんなら予定ルートで佐久海ノ口まで歩いてしまうか~」

というわけで行動計画は徐々にヒートアップし、予定プランの実行となった。7時50分馬越峠出発!

そもそも出発地点を馬越峠に持ってきたのは、天狗山さえ登ってしまえばあとはだいたい下りの尾根になるからという安易な理由。
本格的な登りは天狗山のみ!ということで、ここはふんばって30分で天狗山山頂着。

天狗山より男山方面を望む。その手前のピークが垣越山。ここから右へ尾根を下りて行くプラン。下ってますな。はは。
垣越山に向かうと左手に川上村の壮大なソーラー発電所が見える。山の自然破壊の主役は今やゴルフ場からソーラー発電に移ったのかな~(怒)


垣越山までは登山道。そこから右の尾根に入っていく。
尾根沿いにある程度は踏み跡があって、案外と歩きやすい尾根。
1か所岩稜がシャクナゲに覆われていて歩きにくい場所があったほかは、ルートを通してさほどの藪もなく、GPSとT丸さんの野生に導かれつつ、人間やら鹿やら熊やらの道を拾って快適に歩くことができた。

馬越峠から約5時間で海ノ口大橋に到着

梅雨入り直前の良い時期で、多彩な色どりの変化を見せる緑に魅せられ、野生動物たちと共有する土や岩の感触に癒されながらの徒歩旅行となった。
地図に山名記載のない山も、行ってみると小さな標識なんかがあって地元で呼ばれている山の名前がわかったりすることが多いものだが、今回はそういう情報はまったくなし。登山が目的で入る人のほとんどいないエリアなのだろう。

予定では以前に登った海ノ口城址(城山)まで行くつもりだったが、その部分はもう歩いたからいいやと日和って、手前の大芝峠からその下を抜ける小沢志なの入トンネルの入口(出口?)を通って佐久海ノ口駅に戻った。国土地理院の地図上は大芝峠、合羽坂、臨幸峠には峠越えの道が記載されているが、すべて廃道に近い状態で踏み跡はほとんど見当たらない。

今度はふたりの健脚に引きずられて、相当早いペースで歩いたので、全行程5時間ほどで終わることができた。普段のペースだったら倍くらいかかったかも。以下のデータはそういうつもりでご参照のほどを。

【データ】
2022年6月5日
馬越峠 7:50am
天狗山 8:20am
1656m峰 9:43am
1683m峰 10:05am
1591m峰 10:30am
臨幸峠 10:40am
1518m峰 11:05am
合羽坂 12:00am
大芝峠 12:13pm
佐久海ノ口駅 12:50pm

野猿返し&宴会

どこか登って、わが八ヶ岳の家で宴会するシリーズ。
もう何回目か忘れたが、そのお題として何度もあがった野猿返し。
お気楽に登れる楽しいクライミングルートらしい。宴会のお題としては理想的。
毎度ほかの開拓に走ってしまったり、天気が悪くて藪山歩いたりとなかなかクライミング実現せず。

今回は強め女子3名がクラック練習に行くので、八ヶ岳のほうに我々夫婦がいれば立ち寄って宴会したいな~というお話。
諸々調整の結果、女子3名と私の4名で野猿返しを登って、宴会して、翌日は女子3名がクラック練習ということになった。仕事と孫相手の忙しい妻は今回の宴会には不参加。

メンバーはドライツーリングの日本代表選手として世界を転戦しているメパンナ笹川さん、女子だけの山岳会、銀嶺会の組長宮田さん、それにふたりの妹分として可愛がられているらしいサキちゃん。

川上村から大弛峠に向かう林道途中から沢を渡って取付きへ。女ボス二人は靴のまま飛び石でヒョイヒョイ、サキちゃんは軽くドボン、私は裸足になってバチャバチャ渡渉。

さすが人気ルート。先行パーティー2名x2組

我々も2組。宮田、赤沼パーティーと笹川、サキちゃんパーティー。
先行は初心者含みでゆっくり登っているので、ごちゃごちゃになりながら先に行かせてもらう。この辺から景色も開け新緑がまぶしい。
ちなみに先行パーティーの女子1名は、何かで宮田組長を知って憧れていたらしいよ。

岩は硬いし、フリクションも効くし、楽しく、気持ちよく登れます。
青空!
この辺からが核心部らしい。
核心部の終了点から手を振ってるの見えるかな?

東股沢をはさんだ対岸の兜岩。たぶんまだクライミングの対象にはなっていないと思われる。偵察に行かねば。
後ろの方に小さく笹川さん、サキちゃんパーティーが見えてる。
左から宮田組長、サキちゃん、メパンナ笹川さん。
終了点で女子3名しゃべり倒しながらの昼食。
シャクナゲの花がいっぱい。

午後3時には早くも宴会開始。おじさんは表でウインナーの七輪焼き中。
クレマティスが満開。

川上村のマイナーピーク、雨降山

クライマーにはお馴染みの金峰山川沿いの林道は、途中の分岐から右へ行けば西俣沢のキャンプ場、左に入れば大弛峠を越えて山梨に至る。
大弛峠の手前に最近人気のクライミングルート「野猿返し」がある。
それほど難しくなく、宴会ネタとして登るのにちょうどよいらしい。

もう何回目になるのかも忘れたが、どこか楽しく登って、その話をネタに八ヶ岳のわが家で飲もう!という、Climb & Drinkの集まり。
今回お題は野猿返しとなった。
面子はいつでもハイパー宮田さん、ダンディー家口さん、ニコちゃん大魔王野口さんと私の4名。

土曜朝、現地手前のスーパー「ナナーズ」に集合。
前日から降った雨はようやくあがったものの、岩場は濡れてるだろうな~
一応登山口までは行ってみたものの案の定岩場は濡れて黒々としているので、即刻転進プランの雨降山登山に切り替え。まあおいしく酒が飲めれば登る場所にはさほどこだわらないわけ。

雨降山は野猿返しのある金峰山川東股の右岸の尾根上にある。
雨降山登山は宮田さんから提案されていたが、私もこの尾根には前から関心を持っていて、北の千曲川のほうから入山を試みたが、入山禁止の柵が延々と張り巡らされていてあきらめた場所だ。
野猿返しのあたりからなら尾根上に出られるのではないかと、ひそかに狙っていたルートでもあった。

ネットで検索すると、この尾根は岩峰をいくつか配置する結構厳しめの尾根っぽい。

大弛峠への林道から支流の右岸にある踏み跡から入山。

堰堤がいくつかあって、最後の堰堤で踏み跡がとだえる。
ここから傾斜の比較的緩そうな山腹をあがってみることにする。

地形的には間違ったルート選択ではなかったと思うが、この斜面ではかなり大規模な間伐が行われたらしく、倒木だらけで歩きにくい。

雨上がりの湿度もあって全員汗まみれでの歩きとなった。

稜線に近づくにつれて岩場が出てき始める。
全身泥まみれの行進
山頂手前のピークあたりは、露岩+しゃくなげの藪漕ぎとなり苦労したが、山頂手前のコルでようやく視界が開ける。
しゃくなげに覆われたここがなんと雨降山山頂
記念撮影

倒木と露岩としゃくなげの藪に苦しんだ往路を避け、植生の疎らそうな沢方面に下る。
なかなか素敵な斜面で歩きやすい
小さくてかわいいスミレ類が豊富で、スミレマニアの宮田さんは大喜び
楽しい山のあとの宴会は異様な盛り上がりを見せ・・・



ビバ!南相木村–臨幸峠~村界尾根の無名峰

2022年5月2日

スマホの無料GPSアプリも普及し、地図に道のない山はかなり身近なものとなってきた。
1)カシミール3Dで地図を眺める。
2)気になったピークの地域名や標高で検索
3)まあ大概、地図に記載のない山の名前とGPSトラックデータ入りのヤマレコデータなんぞが見つかる。
4)トラックデータをiPhoneに転送して、そのあたりに出かける。

そんな山の楽しみ方も普通にできるようになってきた。

さて最近ちょっと気になってる南相木村の山々。

マイナーな山ヲタクの掃きだめ、ヤマレコあたりを見てもこの地域の情報は希少だ。
でも地形データを眺める限り、ここは絶対楽しいはず。
どうも宝の山な匂いがする。

臨幸峠という峠が気になる。
南相木と佐久をつなぐ小沢志なの入トンネルが開通する以前は山道があったが、今では廃道に近い状態らしい。
この臨幸峠から南方向は、きれいな尾根が男山と天狗山間の稜線にまで伸びている。北方向は、先日登った海ノ口城址のある城山に至る。この尾根は佐久の南牧村と南相木村の村界尾根にあたる。
山歩きの記録がないか検索してみたがなにも見つからない。
これはかなり疑わしい。パトロールに行かざるをえまい。

先日登った立岩の横から伸びる林道の行き止まりに車を停めて出発。

臨幸峠までは沢沿いの急斜面。古い踏み跡はあるらしいが、シダ類に覆われて判別つかず。妻は気持ち悪い~を連発。
臨幸峠に出ると展望が開ける。樹林の間に北岳~甲斐駒~八ヶ岳~浅間山などが見える。男山もすぐ近く。
尾根に出てシダ類から解放され、ご機嫌な妻
1544mピーク。期待した山名表示等は一切なし。
先日登った峰雄山かな?
今日はここまで。1591m峰。やはり山名標識などない。
最終到達地点。
往路を戻る。
臨幸峠からの下り。地図上は沢沿いに破線の記載があったが、踏み跡が沢の左岸尾根方面に伸びているのを発見。こちらのほうがシダ類の急斜面を回避できて快適。
樹間を蛇行する快適な尾根道を下山。
下山後は南相木ダムの観光。ずみ岩、天狗山などが眺望できる。

南相木村・立岩~峰雄山

群馬県の西上州エリアには妙義を中心に特異な岩峰が多く、それらを愛好する篤志家たちがいる。
その西、長野県の東信州エリアには八ヶ岳や浅間山などの名峰が連なり、川上村には小川山や男山、天狗山といったクライマー好みの岩山も多い。
南相木村はちょうどそれらの狭間にあって、存在感の薄い感じがする。
つまり・・・・玄人好みの地味な山が多くあるだろうと思われる。
先に投稿した「恩賀高岩偵察行」に行く予定だった日、予報に反してアプローチしたとたん雨が降り出したので、天気の持ちそうなこの南相木村に遊びに行くことにした。(恩賀高岩の偵察はその翌日行った。)

さて観光資源も有名な山も乏しい南相木村にあって、数少ない名所の一つとされているのがこの立岩。
立岩湖のほとりにある60mほどの岩峰で、山頂には祠があって、クライミングのルートもあるらしい。
まずはこいつを登ってみようということになった。

立岩湖への道をドライブしていくと林道の対岸に屹立する立岩が見えた。

立岩へは村道のすぐ先の橋を渡って裏側から登るのが一般的らしい。
高差は正面に比べてだいぶ少なく20m程度か。
階段状の簡単なフェースのようで、ハンガーボルトもべた打ちしてある。

これはすぐ登れるとして、まずは岩の正面側まで基部をまわりこんで偵察におりていく。

真下から見上げた正面壁

傾斜強い、節理ない、組成も柔らかそう・・・・つまりやばそうな壁。
どうも登られた形跡もないようですな。
結局、登られているのはてっぺんに行くだけが目的の易しそうなルートと、その近くにとってつけたようなフリールートらしきものだけの様子。
この正面壁は今回のようなついでな気持ちでは登れるわけもなく、まあてっぺんに行ってこようかと、裏側に戻る。

裏側のルートを野口さんリード中
てっぺんの祠から県道を見下ろす

昼から雨という天気予報を見てでかけたので、かなり早起きして出かけたためまだ時間はたっぷり。

カシミール3Dの地図によれば、南相木村で山頂名の記載された山は二つだけ。峰雄山とずみ岩というもの。ずみ岩というピーク名にはかなりそそられるものがあるが、まずは手前の峰雄山に登ってみよう。

以前調べたところ、立岩から峰雄山に縦走している人がいて、岩場の通過に苦労している由。まあそんな記述を見て、岩登れるところあるかもな~という下心もあって、岩場偵察もかねようというわけ。

注:ちなみに御座山、男山、天狗山などが南相木村の山として紹介されることもあるが、地図をよく見ると御座山の山頂は北相木村、男山、天狗山は川上村にあるように見える。国土地理院の定義では「山とは地面の盛り上がった場所」という意味しかないそうなので、特定の山頂=特定の山とは限らないわけで、御座山などの山体が南相木村にあることもたしかなこととすれば、南相木村の山と言ってもいいのかもしれない。

立岩湖から峰尾山まで稜線が続いている。
縦走は長いので、まずは山頂に行こう。

峰雄山南面の村道から林道に入り、山頂に一番近そうな林道終点から歩き出す。

なんとなく踏み跡もあって歩きやすい。
岩もごろごろと出てくる。比較的硬そうな岩。
ここが山頂。

稜線を立岩方面に少し歩いて別のルートを下りようかと思ったが、南斜面はかなり急なので往路を戻ることとする。

奥に見えるのは御座山かな
ところどころ岩場が出てきて回り込みながらの歩きとなる。

日本一標高の高い場所にあるダムらしい。



西上州/東信州の岩峰たち(恩賀高岩偵察行)

西上州の岩峰群には特別な想いをいだいてきた。
若いころにルートを拓いた毛無岩や、西上州のマッターホルンとうたわれる碧岩、いくつかの歴史秘話に彩られる物語山のメンベ岩、妙義山の特異な岩峰群・・・・奇岩とそれにまつわる物語、そこに棲まうであろう魑魅魍魎や風土に酒、それらのすべてが自分のクライミングへの想いに呼応してきた。
八ヶ岳南麓にベースとなる家を持ってからは、川上村の男山、天狗山でのクライミングなどに行くことが増え、さらに川上村の五郎山にはルート開拓のため何度も通った。御座山を有する相木村や佐久市の山にも訪れるようになった。
深く考えずこれらをまとめて西上州の山と位置付けていた。
あれ?
どこまでが西上州なんだろう?
西上州は上州の西、すなわち群馬県西部の山ということになるだろう。
そうなると御座山は長野県相木村、川上村も佐久市も長野だ。
つまりこれらは西上州ではなく、東信州(東信地区)の山ということになる。

まあ厳密な定義はともかく、相木や川上村の山々には西上州の奇怪な岩峰群とはまた違った、突き抜けた明るさのようなものが感じられる。
西上州の岩峰のイメージは組成の脆い礫岩/凝灰岩であるのに対し、信州に近づくと花崗岩が増えてくるというのもイメージの違いに影響しているかもしれない。

さて恩賀高岩という岩峰がある。

上信越道を佐久から藤岡方面に走ると、碓井軽井沢ICのすぐ先、高岩トンネルの真上に聳える二つの顕著な岩峰だ。クライマーなら誰しも登攀ラインを目で追った覚えがあるのではないだろうか。
この恩賀高岩、碓井軽井沢ICのすぐ近くにあるが、長野県軽井沢町ではなく、群馬県松井田町に位置する。つまり定義的には西上州の山ということになるのかな。
青空が似合う突き抜けた岩峰でありながら、岩質は妙義のそれに近く陰惨で急峻。いろんな意味で西上州と東信州のあわいを彩る特異な立ち位置の山だ。

私も例にもれず、この岩峰が気になっていて、2012年に一度偵察に行った。
ここにルートがあるという情報はなかったので当時は未踏であった可能性が高い。
偵察の結果はあまりの急峻さ、命を守る支点構築の難しさを感じ、登る気にならず、登りたい山リストに放り込んだだけで、今まで放置していた。

しかし近年、雄岳に2本のルートが開拓された。

以下は開拓者、桃奈々さんのブログへのリンク↙
2020年12月恩賀高岩南壁雄岳「右ルンゼ桃岩ルート」
2021年2月恩賀高岩雄岳南壁「御会話ルート」

この2本を開拓した桃奈々さんに連絡をとると、快くアドバイスをいただき、ルート情報も提供くださった。

5月中旬にクライマー仲間4人ほどで、どこか登ってから八ヶ岳のわが家で宴会をしようという話があり、どこを登るかという話し合いでこのルートを提案した。
桃奈々さんによると登るなら桃岩ルートがお薦めだという。
しかし4人で凝灰岩の不安定な岩場をぞろぞろ登るのはいただけない。
そこで二手に分かれ、1パーティーは桃岩ルート、もう1パーティーはおそらく未踏であろう雌岳の南壁を狙うという可能性を検討することにした。

まあそんなわけで、もう一度ちゃんと偵察してみようということになった。


ニコちゃん大魔王、野口さんと彼の後輩、20台の若者ケンちゃんがつきあってくれることになった。
高岩には山頂に至るかなり曲者の一般登山道があるので、まずはこの登山道をあがる。


登山道を行くとあっという間に雄岳、雌岳基部に至る。
登山道はここから峠まで登って、右が雄岳左が雌岳へと道を分ける。
岩場基部でハーネスをつけ、まずはルート開拓狙いの雌岳方面にトラバース。

全体にこういう壁。陰惨で急峻。その意味がわかるかと。

角礫凝灰岩っていうんでしょうか。
セメント様の垂直の岩壁に、クライマーが「たどん」と呼ぶ角ばった石ころがたくさん突き刺さったような岩壁。
たどんをホールドにいけば技術的にはかなり急なところもフリークライミングが可能。ただし滑落から身を守る支点は非常にとりづらく、そのたどんもいつ抜けるかわからない。要するにハイリスクでローグレードな岩場。

クライマーはこれを泥壁と呼びます。

かなり脆い雰囲気はありますが、触ってみるとたどん自体はがっちりと壁に固定されている。
たどんにシュリンゲ(細引き)を結び付けての滑落テストや、岩が抜けそうなリスにハーケンを無理矢理たたきこむハーケンテストなど試みる。
思ったより組成は堅いかも・・・・・でも怖い。

弱点にあたるルンゼを赤沼が試登。

急峻なフェースとルンゼで構成されるこの岩壁の弱点はやはりルンゼか。
ヒルもいたりしてあまり楽しくはないのだが、上部の様子も見たいのでとりあえず1P登ってみることにした。
が、たどん支点ではリスクが高いと判断し、途中からクライムダウン。
ただこのクライミングで支点構築の方法などはだいたい想定することができた。

ついでに雄岳のほうも偵察。

雄岳のほうが若干岩が固めで、組成もはっきりとしている。やはり登るならこっちかな~
桃岩ルートも下から見上げてみた。やはりルンゼの弱点を登っているということがよくわかる。

偵察はこんなところで完了。せっかくだから登山道から山頂に行こう。峠まではわりとすぐ。峠から雄岳に登ってみることにした。

それにしても道が悪い。こ、ここトラバースするの?これ一般登山道?
いや道悪すぎるってば。繰り返すけどこれ一般登山道です。

山頂手前で垂直のルンゼを登るルート。たどんが出ているからクライミング技術自体はそれほどいらない。とは言ってもグレード3級+から下手すると4級ある。慣れたクライマーでもたどんが抜けるリスクを考えたら、ロープを出すレベル。
そこに鎖がたらんと下がっているだけ。
余計なお世話かもしれないけど、意識低い系(?)のハイカーが、足場は崩れないなんて前提でここ登って、足場崩れたらどうなるの?と思ってしまった。このルンゼ部分ちょうど25メートルあったし、落ちたら大概助かりません。

何はともあれ雄岳山頂にあがる。
雌岳ごしに浅間山
一般登山道だが懸垂下降でおりる。
お疲れ様。下山しました。


2022年新年じじい会

昨12月、二階さんから「忘年山行やろうぜ!」という声があったのだが、赤沼がちと忙しかったものでお流れ。
その責任をとって新年、山巡じじい会を企画した。

行先は北杜市須玉町の城址。今は廃道となった、自衛隊の切り開いた林道を行く。

メンバーは後期高齢者に突入した最長老そーのすけさん。なんと下又白谷の全貌をはじめて世に明かした記念すべき山行であった「下又白谷山巡稜」初登攀メンバーのひとり。
パン屋のわたべさん。下又白谷研究の第二世代の代表ですな。赤沼とともに下又白谷本谷の遡行や、菱型スラブの初登攀もやってます。今は温暖な小田原でのんびり暮らしてます。
で、二階さん。山巡としては快挙だった、カラコルム山群の未踏の7000m峰、トリニティーピークの初登頂時のサミッター。
それに還暦にして最年少、赤沼の4名。
オールドクライマー集合の図です。

いつもは山に登って山頂あたりで宴会ってのが毎度のパターンですが、時期的にとても寒いし、「高度500メートル以上、1時間以上の歩きはだめ」とか言い出す人もいるし。
諸々配慮して、先日歩いた源太ヶ城址を散策して、近くの赤沼別宅で宴会という企画をたてました。

大門ダムの擁壁上にでると八ヶ岳がきれいに見える。

昨年11月に初めて登った際は、自衛隊の切り開いた林道の末端が擁壁になっていて、大門ダムにまっすぐおりることはしなかった。
今回は大門ダムに車を停めて、擁壁のはしのほうから林道にあがることにした。

擁壁のはしのほうにはしごがあって急坂からダム上に出られる。


そーのすけさん。うん十年前から変わらぬ登山ウェアに注目!

わたべさんは昔から伊達でしたね~
源太ヶ城本丸址?山頂で記念撮影。
宴会は下山後って言ってるのに、どこからともなくビールが出てくるし。

そして赤沼宅で宴会はつづきます。

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