アルパインクライミング・沢登り・フリークライミング・地域研究などジャンルを問わず活動する山岳会

月: 2026年7月

南高尾・柚木沢の遡行

いや、遡行っていうほどの沢でもなかったんですが。

「高尾を遊びつくす作戦」の一環で、今度は南高尾あたりで遊んでみるかと地図を眺めていてちょっと気になった沢。登山道表記はない。
ただ道を歩くよりは涼しそうだし、ちょっとは変化があったほうが楽しいしってことで。

「気になった」というのはこの沢を真横に横断する青い点線。
調べてみると青の表記は水に関わるもので、この真横の点線は地下水道が通っているということらしい。
それともうひとつ「気になった」のは、「底沢の謎」のときと同じ、沢の中にいきなり現れる水たまり?表記。
底沢の場合はそこに堰堤群があった。まあ今回もそんなところでしょう。

ちなみに青い点線の地下水路は横浜や川崎の水源地のひとつ、沼本ダムあたりの水を、「自然流化方式」で浄水場に(ポンプを使わず)届けるための水路なんだと。山中の地下水路ってどうやって掘るんだろうね?

プチ沢登りの起点は津久井湖畔の三井というあたり。

入渓(ってほどじゃあないんだけど)点近くにもバス停があったんだけど、間違って津久井湖の反対側を行くバスに乗ってしまったので、津久井湖にかかる橋を渡って三井へ。
くそ暑い車道を歩いていたらこの橋になって、「わ!車道しかないじゃん!」と思ったら、右側にもうひとつ歩行者用の橋があった。三井大橋っていうんだと。

歩行者用の橋から前方右のほうに見える沢が目指すあたり。
三井自治会館の向かいの八幡神社はお祭り準備中
入渓点は建築会社の資材置き場になっている。
趣のない入渓点ですが、まあ里山なんでこんなもんでしょう。

沢には思ったより水が流れてる。
作業道と思われる踏み跡を拾いつつ遡行していく。
たまに倒木がある程度で藪もそれほどなくて歩きやすいほう。

突然あらわれる林道跡
そして水たまりの正体。思ったとおり堰堤だった。水たまりじゃなくて、堰堤表記みたいのつけてくれればわかりやすいのにね。水たまってないし・・・
少し手前から踏み跡をたどって大きく高巻く。
沢筋の踏み跡を辿り・・
開けたところが涼しくておにぎりタイム

神奈川県が買い取った水源地らしい。
地名、大沢入となっているのはこの一帯の上流や支流を含めた地名で、沢名が柚木沢ってことなんだと。
ちなみにこの一帯は、神奈川県の水源林保全エリアとなっていて、その命名権(ネーミングライツ)を買って「津久井の森」と名付けたSONYグループが資金提供などもしつつ、環境保全や間伐などを行っているそう。
踏み跡が結構あるのはそのせいかな?

突然現れる整備された道。

沢の源頭近くになって整備された道が山腹に伸びている。
最後まで沢をつめるかこの道に入るか。
少し迷ったけど、この道の誘惑は強いよね~。

道はじぐざぐを繰り返しながら南高尾の稜線へとつづく。
なんか前方をいきなり人が走ってると思ったら南高尾の稜線。トレイルランナーには知られた道なんだって。

南高尾の山々をハイキングして草戸山。この辺から今度は東高尾となる。そのまま稜線を歩いて高尾山口の駅に到着。お風呂おふろ~♪

てか、高尾山口駅の真ん前は水遊び場になってるみたい。人が多いけど平和な光景ですな。

そ~し~て~。
下山酒はいつもの味はる。
店主はまたまた店しめてスペイン、ポルトガルあたりの巡礼旅をしていたらしいが、やっと帰ってきてちょうどこの日から開店。
「誰か一緒に飲む人いな~い~?」と地元クライマー仲間に連絡。
ニコちゃん、梨恵さん夫婦は白山あたりでハイキングしていて留守。
嬉しいことに山金さんが二つ返事でおつきあいしてくれた。
山金さんも近くのルートをひとりで歩いていて、「さすが現役、歩くの早いね~」とか言ってくれたけど、どうもこの日は私の倍くらいの距離を歩いてきたみたいよ。70台後半の現役クライマーには頭が下がるわ。

山金さんがメッセージで送ってきてくれた途中経過。
この間1時間半。しかも城山湖経由。コースタイムの半分以下で歩いてるように見えるが・・・・

トラックログ消し忘れて電車乗った。実際はのんびり歩いて4時間程度の行程だった。

ユリアンアルプス再訪

ユリアンアルプス(Julian Alps)は、イタリア北東部からスロベニア北西部に広がる山塊で、多くの石灰岩岩塔が重なるように屹立している。
最高峰はトリグラフ(Triglav)。
スロベニアの象徴であり聖峰だ。
日本語ではトリグラウと表記されることが多い。
スロベニア語発音のVはウとブの間くらいに聞こえ、赤沼が最初に登った1983年頃はトリグラフというのが一般的だったと記憶する。あるいは日本語情報のほとんどなかった時代なので、赤沼が勝手にそう表記していただけかもしれない。
ここではトリグラフで通させていただく。

1983年夏、山岳巡礼倶楽部の川崎、井出、赤沼の3人で日本人としてははじめてトリグラフ北壁(スロベニアルート)を登攀。
その後井出、赤沼にてドイツルートを登攀。
ドイツルートを登攀の際、赤沼が20メートル以上の滑落をした。(左は滑落後のビバーク中の写真)


登攀の様子をずっと双眼鏡で追っていた地元の人たちの要請で、レスキューチームがヘリコプターを飛ばして様子を見に来てくれたが、何とか歩けそうだったので救助をお断りしてビバークをしつつ完登し、山頂経由で自力下山。
翌日ようやく下山したら登山口の村人たちが迎えに来てくれ、「やっと病院に行ける」と思ったら、そのままバーに運び込まれて宴会となったというエピソードが忘れられない。とても暖かい人達だった。

2回目の訪問は1986年。
2か月以上、地元のトップクライマー(当時)ブラーネ ペチャールの家に居候しながら、地元クライマーたちとトリグラフ北壁や名峰ヤロベツ(Jarovec)などの多くのルートを登ってきた。村の人たちにも多くの友人ができた。
この時はトリグラフ北壁では最高難度のスフィンガをはじめ、名だたるルートを登り、近郊の岩場では新規ルートの開拓なども行った。
その記録をクライミングジャーナル誌に発表した。

クライミングジャーナルの記事(巻頭見出し)

クライミングジャーナル誌は廃刊となり、バックナンバーも入手困難となったので、以下に書き起こした。

クライミングジャーナル誌の記事「トリグラフのクライマーたち」

その後、仕事のついでなどでブラーネとは2回ほど会う機会はあったものの、もう一度彼の家に泊まりながら、ともにクライミングのできる日がくるとは思わなかった。あれから実に40年ぶり。
期せずして、「じいさんになったら、古いクライミング仲間と、昔登った岩峰を共に眺めながら一杯やったり、昔ばなしをしながらクライミングしてみたい」という、若い時からの夢をかなえることとなった。

きっかけは妻との旅行プラン。
「アドリア海を見たい。クロアチアの美しい街並みも見たい」という妻のリクエストに乗っかって、旧友との再会、クライミング実現の運びとなったわけだ。


ところでユリアンアルプスとはどんなところか?


クライマー目線で言えば、巨大な石灰岩峰の屹立するクライマー天国だ。
最大のトリグラフ北壁は高差1000mほど。登攀距離は最大で1500mにお達する。
ドロミテに匹敵・・・というか、それ以上の素敵な岩峰が多いにも関わらず、日本人にとっての知名度は低く、登ったという話はあまり聞かない。

今後ここを訪れてほしい日本人クライマーのために、簡単な情報を残しておきたい。

もっとも有名な岩壁はもちろん最高峰トリグラフの北壁。

もっとも簡単なのがスロベニアルートで、技術的には慣れたクライマーならロープがいらないレベル。ただしルートファインディングが難しく、地元クライマーですら登るたびに違うラインを登ってしまうらしい。
それで行き詰っての事故も多いと聞く。
お薦めはそれより少しだけ難しいドイツルート。
ヘルバルートは中央部を行く、難しすぎなく長い好ルートだ。
下部ババルスカルートから上部岩壁につなげるのもおすすめ。
そして露出度が高く、技術的にもここでは最高難度のスフィンガも余裕があればぜひ登っていただきたい。

スフィンガはトリグラフ北壁右寄り最上部の垂直岩塔分を登るもの。
7級クラスのフリークライミングでプロテクションも乏しいので、ルートファインディングと確かなプロテクションワークが必要。
傾斜は強いものの、フリクションは効き、石灰岩特有のカチホールドも多くあるので、7級プラスというわりにグレードは案外と甘目に感じるかもしれない。

トリグラフの北壁はVrata谷の最奥。
Vrata谷の入り口のMojstrana村が拠点となる。

右上がMojstrana(モイストラーナ)。
トリグラフ北壁を見上げる圏谷にあるAljažev dom(アリャージュ小屋)までは車であがるか、あるいは村から無料のシャトルバスも出ている。
(シャトルバスサービスは6月から9月中旬の間。)
車の場合、谷の入り口で入場チケットを受け取り、滞在時間に従って帰りに入場料を支払うこととなる。
Aljažev domでは北壁を眺めながら食事もでき、ここが目的のツーリストも多い。

Aljažev domから北壁に向かっていくつもの登山道が伸びているので、登ろうとするルートに応じて適宜選択していけばよい。
時期によっては雪渓が残るが傾斜は強くない。

Vrata谷の両岸にはStenar, Skrlaticaをはじめ壮大な石灰岩岩塔が展開し、そのどれもが登攀対象となっている。

各ピークや谷を歩く登山道(Trail)についてはAll Trailsというサイトを参照されたい。
Vrata谷の情報はこちら。

クライミングのルート図(トポ)はMojstranaのSlovenski Planinski Musez(スロベニア山岳博物館)で購入可能。
右がトリグラフのルート図集、左がユリアンアルプス全体のルート図集。ただしすべてスロベニア語。

スロベニア山岳博物館に入ると頭上に展示してある古い救助ヘリコプターはわがパートナー、ブラーネが吊ったらしいが、
「吊ったワイヤーが細いから下には立つなよ。」だと。

展示物も楽しいのでぜひお立ち寄りを。

JarovecやŠiteなど急峻で硬い石灰岩からなる、クライミングの楽しい岩峰群はKranjska Goraという観光地を経由して、Tamar渓谷のPlanica Nordic Centreからのアプローチが便利。

紙の地図は上記、Mojstranaの博物館やKranjska GoraのInformation Centerでも入手可能。
現地の地図アプリもいくつかあるが、赤沼はGeographicaでOpen Street Mapに設定(無料)するだけで十分と感じた。


さて今年(2026年6月~7月)。
妻がクロアチアのアドリア海に沿って、古い街並みを見たいと言う。
そしてスロベニアのユリアンアルプスとそこに住む仲間たちに会いたい赤沼。
前半でユリアンアルプス周辺。後半がクロアチアの海岸線に沿ってのドライブ旅行ということで、2週間の旅プランが成立した。
ここではユリアンアルプスの部分だけのご報告。

まずは40年前に何か月かにわたって滞在して、友人たちのいるMojstranaへ。
Mojstranaへは、スロベニアの首都Ljubljanaからアプローチするのが最速だが、われわれはウィーンでコンサートを聴いたり、カフェに立ち寄ったりしてからレンタカーを借りてスロベニア入りするという観光プランでスタート。
オーストリアのVillachという町からだとWurzen Passの国境を越えてMojstranaまでは1時間もかからない。

40年前の古いパートナーたちと。Mojstranaのブラーネの家にて。

今回もこの家に4泊させていただいた。

スロベニアのパートナー、ブラーネの家。ここに泊めてもらった。

ブラーネ宅と裏山のGrančišče.
ここには赤沼の拓いた「はらきりルート」があったが、今はブラーネらによってVia Ferrataが整備され、多くのツーリストがここをよじ登っている。

まずは妻と二人でトリグラフ北壁の基部となるAljažev domまでのトレッキング。
Aljažev domに近づくとまず名峰Škrlaticaが右手(Vrata谷の左岸)に見えてくる。

Škrlatica(スロベニア第二の高峰)
Aljažev domの後ろにそびえるトリグラフ北壁

Aljažev domに車を停めてここからVrata谷を歩く。

40年前に登ったSfingaルートを指さして自慢する赤沼
トリグラフ北壁のSfingaルート(中央の岩塔を登るもの)

トリグラフ北壁に向かって何本か伸びる登山道(Trail)を適当に登っていく。
北壁に左よりを登って行くVia ferrataの整備された登山道もあり、山頂まで行くこともできる。
われわれは北壁の基部付近まで歩いてから引き返す。


Aljažev domでかつて登った北壁を眺めつつビール。
じじいになったらこんなことをやってみたいと、若いころから思っていた。

翌日はブラーネと2人で近くの岩場でクライミング。
その間妻はその周辺の山をハイキング。

Mojstranaからほど近い岩場Braščeva skala。古くから登られた形跡はあったが、ブラーネたちがここを整備し、フリークライミングの岩場として開拓した。

旅行前、ブラーネに「どこかで一緒にクライミングしよう」と誘うと、「クライミングシューズとハーネスだけ持っておいで」と言ってもらっていた。
ギアやロープなどすべておんぶにだっこでのクライミングの一日。

岩場へは10分程度の歩き

ブラーネの作った2ピッチのフリールート。ブラーネリードで離陸。

この辺の石灰岩の岩場には珍しいクラック中心のルート

1ピッチ目終了点でビレイ中のブラーネ

岩場からMojstrana、そしてトリグラフ方面の山々が見える。

2ピッチ目はワイドクラックの核心部分。赤沼がリード。

ブラーネフォロー中

1時間ほどのクライミングだったが、じいじ達にはこれで十分だったらしい。

さあ村に戻って宴会しよう~♪

というわけでさっさと下山

登山口に合流した妻が撮影。
左から赤沼、ブラーネ、マルティン。
マルティンはアッシーでお迎えに来てくれた。

そして村の懐かしい仲間が集まってディナー。
40年ぶりとは思えないほどみんな変わってなかった。

美しい夕方のMojstrana

さてさらに翌日。
妻とふたりで Vršič Pass を越えてTrenta谷の有名なSoča川へ。
まあいわゆる自然景観を楽しむ観光地ですが・・・・
道中、Mala Mojstravka, Velika Mojstrovka, Planja, Prisojnik, Razor等々の錚々たる岩峰群を見ることができるので、お薦めドライブコース。

Soča川はまあ有名な観光地なので説明は省くけど、この川の美しさは一見に値するかと。

観光のあとはさっさと峠道を引き返し・・・

Tamar谷のPlanica Nordic Centreへ。
こちらもトリグラフのVrata谷と同じく、美しい氷河に削られた氷河谷。
Šite峰の北西壁やJarovecの大岩壁に囲まれたクライミング基地でもある。
ここからはMojstrovka, Travnik, Jalovška škrbina, Goličicaをはじめ、当然Jarovecへのアプローチも最奥に控えている。

ここをTamar谷の山小屋Planinski dom Tamarまでのハイキング。

最奥のJarovec峰

Jarovecの左側の側壁群はŠiteをはじめとする硬い石灰岩の壁が続いており、フリークライミング的に困難度の高いルートがたくさん開拓されている。

Tamar谷の山小屋でも錚々たる岩壁を眺めながらのんびりできる。


この後1週間ほどクロアチアのドライブ旅行をして・・・・


帰りがけにもう一度ブラーネ宅に立ち寄り。

ゆっくりとお茶をして、別れを告げ。

帰国前にスロベニアの山々を眺めようと、スロベニア、オーストリア国境のWurzen Passからちょいとハイキング。
行先はDreiländereck。
イタリア、スロベニア、オーストリアの3国の国境が交差地点が山頂。
イタリアではモンテフォルノ、スロベニアではペチ、オーストリアではドライレンダーエックと呼ばれる山。

Wurzen passから整備された登山道を辿って3~4時間で往復できる。

Wurzen passから赤白赤のマークを辿っていく。

急なところもあるけど、道はよく整備されている。

スロベニア側のトリグラフ、ヤロベツなどが一望できる。

オーストリア側からはロープウェイでもあがってこられる。

山頂付近は牛が放牧されていたりする。これを横切るのはちょっとどきどき。

三国国境の山頂にて

かつて登った錚々たる岩峰群がすべて一望

さてオーストリア側に帰るか。

というわけでオーストリアのVillachに帰って来た。
あとはウィーン経由で帰国するだけ。

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