垂直の木登りで岩稜上のコルに這いあがると、目の前に真っ白な花崗岩の垂直のピナクルが立ちはだかった。
ピナクルに向かって灌木交じりのフェースを越えると、ロープを引くリードの長友さんはピナクルを左に回り込んで視界から消えた。
ロープの動きが止まる。やがて間欠的に聞こえる咆哮のたびに、じりじりとロープが伸びて行く。
いったいどんなやばいピッチなんだ?
そこは、花崗岩スラブのトラバースポイントだった。
傾斜はそれほどでもないのだが、表面が風化してザラザラとなっており、手がかり足がかりともに掘り出して探すような感じ。当然あまりまともなプロテクションはとれない。
ここでアドレナリンの出まくった長友さんは、帰りの車中に及ぶまで「ぼくすごかったよね」アピールを続けることになるのだが・・・・まあ実際やばかったし、かなり気合の入ったクライミングだったし、こういう気分になれる時ってクライミング人生における貴重な時間だったりしますね。
千代の吹上というのは、金峰山の山頂すぐ近くの稜線から150m-200m規模で切れ落ちる金峰山最大の岩場。
1980年前後にその一部がRCC神奈川等のクライマーたちによって開拓されたが、その内容は日本登山大系で概要がわかるにとどまる。ネットで検索をしてみても登った記録はほぼなく、これまた「行って、見て、登る」クライミングと言える。この岩場について日本登山大系で執筆したRCC神奈川のクライマーたちとは当時おつきあいがあったという縁もあり、いつかは登ってみたい岩場の一つとしてリストアップしていた。今回ようやく足跡を残すことができたのだ。
早朝4時半に大弛峠の駐車場を出発し、金峰山を越え、岩場を偵察しながらうろちょろして、登攀を開始したのがもう9時前。このアプローチの長さも岩場がほとんど手つかずになった理由の一つだろう。
ちなみに千代の吹上は第一~第四の4つの岩稜とその間のフェースからなる岩場と紹介されているが、実際に行ってみるといくつものリッジやフェースが複雑に交錯していて、それぞれの岩稜を特定することが非常に難しかった。第二岩稜と第三岩稜の間のルンゼを歩いて下り、未踏の第三岩稜に取付いたつもりで登っていたのだが、あとでどうやら第四岩稜を登ったらしいとわかった次第。
さて長友さんが咆哮して登った2ピッチ目を終えると、目の前には典型的な花崗岩のスラブが広がった。
今度は赤沼がリード。ここも風化が激しく、どこもがザラザラしていて手がかり足がかりはすぐにぐずぐずと崩れる状態。でもやっぱ登るなら真ん中だよね~と取付いてみる。見た目よりかなり難しくしかも上部に向かって傾斜が増してくる。
ノープロテクションで一気に超えるつもりだったが、リスク高すぎと判断してボルトを埋めることにする。穿孔作業に入るがなんとものの1分ほどで十分な大きさの穴があいてしまった・・・・こ、これはやばいかも。
とりあえずRCCボルトを埋め込むが、なぜかボルトがくるくるまわるのよね~。ボルトのエクスパンション機能は十分に働いたらしく、くさびが根本まで刺さった状態のボルトが手で抜けてきたよ???
つまり岩がボロすぎて穿孔作業の間にまわりを崩して、規定サイズ以上の穴があいてしまったらしい。
もう一本ボルトを打ってみたがまったく同じ状態。
あはは。これはやばいね~さすがに想定外だよ。
そんなわけでぐるぐるまわるボルトを梃子としてそーっと荷重をかけながらクライムダウン。もう落ちても大丈夫だろうというあたりで、近くに見える大きめのスタンス(足がかり)に飛びついてみた。案の定ぐずぐずに崩れて落ちた。ついでにボルトもきれいに抜けた。そのまま両足制動で停止。
それを間近に見ていた長友さんは相当にどきどきしていたらしいよ。
幸い3P目よりは傾斜が弱いし、風化も少なそうに見える。この先に見えてる顕著な岩塔のほうに向かって岩稜は伸びているようだ。
長友さんリードの順番。実際岩も少し硬くなり、長友さんの大好きなすたこらスラブに近い。これぞわれわれの求めていた難しすぎない快適な岩稜って~ピッチでした。いやあ楽しい楽しい。
ここからはいったん樹林の岩稜となり、ロープをつけたまま4Pほど行くと、先のほうに見えていた岩塔の取付き。
でもこの先端には立ちたいな~というわけで、一番隅っこの短かそうなラインを選んでチャレンジ。
このピッチにはなんと残置ハーケンを一本発見。
岩塔のすみっこにクライムダウンできる場所を発見し、第四岩稜に戻る。
あとはハイマツとしゃくなげに覆われた岩稜を歩いて登山道へ。体力的にはここが一番つらかった。長いんだもん。
さてと。
ヘルメットもクライミングギアも全部ザックにしまって、われわれどう見ても二人連れハイカーのおっさん達なんですが・・・・
よせばいいのに、「五丈岩の上に立ってみたかったんです♪」と長友さん。
運動靴でひょひょいのひょいと登って、ひょいひょいと下りてきた。
それを見ていたハイカーのカップル。男子のほうがその気になって登りだしちゃったよ。ほら言わんこっちゃない。
長友さんは責任をとって、いざというときのために見守り、赤沼はさっさと下山。
結局登りだした彼、だいぶ行きつ戻りつしたあげく、下りてきてくれたそうで、長友さんも追いついてきた。
あとで日本登山大系を読み込んだり、トラックログを見たりして、登ったのは第四岩稜であり、最後にてっぺんに立った岩塔は「白い尖峰」と言われているものだろうとなった。
グレードについては脆さやプロテクションの難しさなどを加味するわけにもいかないし、つけても無駄だろうという結論。あえて言えば岩場部分は3~6級の間ってところ。最初の木登りであぶみも使ったのでA1もついちゃうのかな?
なかで歩いた4Pを入れて全9P。やぶこぎも入れれば200-300mはあろうかという大登攀でした。