山岳巡礼倶楽部、赤沼の個人ブログ

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クロアチア・アドリア海のドライブ旅行

2026年6~7月、妻と2人でスロベニア、クロアチアを旅してきた。
目的は主に2つ。
スロベニアで40年ほど前にクライミングを共にした友人たちに会うこと。
もう一つがクロアチアの、主にダルマチア地方のアドリア海に沿ってドライブ旅行をし、美しい海と古い街並みを眺めてくること。

スロベニア、Mojstrana村の友人たちとの交流については別途投稿したので、ここでは後半のドライブ旅行について。
ほぼほぼ自分たちのための備忘写真集となりますよ。

と、その前にMojstranaについてちょっと書いておきたい(かなり余談)。

Mojstranaはスロベニアの最高峰トリグラフの登山基地として知られる、人口1000人ほどの静かで美しい高地集落。
激動の歴史にもまれ、またそれとも連携しての登山史にも重要な役割をおってきた村。
詳しくはこちらを読んでください。
クライミングジャーナル誌掲載記事「トリグラフのクライマーたち」

19世紀ころここは、豊かな水力と森林資源を活かした製鉄業やセメント製造業が栄えた歴史を持つ。
しかし19世紀末ころから自然環境を生かした方向にシフト。

最近、経済の最大の柱はアルパイン・ツーリズム。
もとよりスロベニアの最高峰トリグラフをはじめ多くの岩峰に囲まれた氷河谷の起点であって、この小さな村からスキーや登山の分野では多くのオリンピック選手や著名な登山家を輩出しているところ。
今では登山のみならず、サイクリングやトレイルランニング、ヴィアフェラータなども人気となっている。
冬はクロスカントリースキー、そして近くの渓谷ではアイスクライミングも盛んにおこなわれている。

Mojstranaのブラーネの家(離れ)に4泊させてもらった。

スロベニアというと「肉食文化」というイメージを持っていた。
40年前は肉はあまりなかったけど、それは単に社会主義時代で貧しかったのだろうと推測していた。

ところがブラーネをはじめ、この村では肉よりはキノコ類だとか、チーズ、そば粉などを使った素朴な伝統料理が中心らしい。
レストランで肉を使った料理を注文しても、野菜やパスタなどが中心の料理に肉の一部やラードなどをスパイス的に使っているだけなのには驚いた。

これには伝統的な自給自足に近いライフスタイルが根強く残っているということもあるようで、スーパーで肉を買うよりは、季節の野菜、キノコ、豆類などを使ったスープや煮込みを食べることが多いようだ。
そしてスロベニア全体に共通するのが、環境保護やサステナビリティへの意識の高さということがあるということをあとから知った。

そういった意識の高さはこの村の最大産業であるアルパイン・ツーリズムにも影響を与えていて、大型の商業施設を導入することなく村の景観は40年前とほとんど変わらず。地元の商店や素朴なゲストハウスが中心。
ブラーネなんぞは村のど真ん中に家があるし、「離れを民泊で貸せばいくらでもお客さんくるのに」と言っても、「ここは訪ねてくる友人を泊めるだけ」なのだという。
「この美しい村でそんな下品なまねはしたくない」という心の声が聞こえてきた気がする。

今では登山口のAljažev domまで車は入れるが入場制限もあり、かわりに無料のシャトルバスが運営されている。
夏のシーズン中、村は当然ながら多くのハイカーやクライマー、サイクリストなどであふれるが、上記をあえてボトルネックとして機能させることで、自然や景観が守られているように感じた。
グリーンツーリズムかくあるべしと思う。

まあブラーネなど古いクライマーたちに言わせれば、
「旧ユーゴスラヴィア時代は自由でよい時代だった!」
ともなるらしいが・・・・たしかに、そうも思う。
われわれの「昭和のクライマーは自由だった!」みたいな感覚なんだろうね。

さらに余談だけど、かつてクロアチアのスプリットへのビジネストリップにブラーネにつきあってもらったことがある。その時、なぜか時間に追われてふたりで運転を代わりつつかなりのスピードで走り続けたことを覚えている。
ブラーネのいう「自由」には、そんなのが取り締まられなかったというのがあるらしいが・・・・・スロベニアやクロアチアの幹線道路は速度制限130km/hのところが多い。山道でも90km/hとか。そんなスピード出したら絶対事故起こしますけど・・・・みたいなやつ。
それでも彼には不自由と感じるらしいよ。



さてここからは時系列で観光写真を並べていきますね。
夫婦であとからにやにやと見るための備忘録なのでよろしく。

まずはウィーンへのフライト。ステファン大聖堂近くの宿にチェックイン。
フライト疲れもあるので、軽く野菜料理でも・・・と出かけたのになぜかギリシャ料理をがっつり食べてのスタート。
2日目はまず街中をぶらぶら散歩。公共交通機関を使ってまわるつもりだったけど、案外小さな街でぜんぶ歩けてしまった。
夜はコンサートを予約していたので、ビッグランチ。ウィーンに音楽留学していた友人もお薦めのプラフッタというお店の名物料理「ターフェルシュピツェ」というやつ。うまかった。
小さな教会で開催されたコンサート。観光用コンサートだろうと期待もしていなかったけど、古楽器を用いて昔の奏法で演奏するというにくい演出がなかなか楽しかった。

3日目はウィーンからスロベニア国境に近いVillachまで特急で移動。予約していた1等の車両自体がなくてずっと立ちっぱなしというトラブルあり。電車、かなり大雑把なので要注意。帰途もこの電車だったけど、今度もまた予約席が存在していなく、特等に案内されプラマイゼロってやつかね?

Villachからはレンタカーを借りて、Mojstranaまでは1時間もかからず。
ここでブラーネの家に4泊したので、つづきは7日目から。
この間のお話はこちらで。

ユリアンアルプス再訪


7日目
MojstranaからクロアチアのMotovunに移動。

宿泊地とだいたいのドライブルート
スロベニアの首都Ljubljanaのお城
お城のまわりが歩ける。お金を払うと中にも入れる。暑くて観光客も多いので中は割愛。
山城のLjubljana castle に車を停めたので、軽い山道を大汗かきながら街まで下る。
ljubljanaの街中
ljubljanaの街中
Ljubljanaの街中
道中、有名なトリフ店に立ち寄りつつ、Motovun到着。山上の城塞都市ってことらしい。雲海に囲まれるとラピュタのようになるらしいけど、今回は天気良すぎ。
城塞都市の中を歩きまわる。
暑さにへこたれてる。この宿(Sobe, Guest house)はトリフ料理レストランが経営。

8日目。

朝のMotovunを眺めつつスタート。
真っ青なアドリア海沿いのドライブ
沖合に石灰岩の島
ビーチのレストランでいかフライなど食べつつ
ŠibenikのKatedrala sv Jakoba(聖ヤコブ大聖堂)
中、すいてた。
洗礼室の天井
聖堂建築の際、寄付してくれた人の顔・・・だったかな?
聖ミカエル要塞(Tvrđava sv. Mihovila)までは歩いて行ける。
ミカエル要塞からのシベニクの街並み
少し戻ってSrimaという小さな町近くのビーチ。地元の人御用達のこじんまりしたホテルに宿泊。
リーズナブルなビュッフェディナーは野菜中心

9日目。Dubrovnikへの移動日。

朝食はテラスで。海近くの気取らないホテルが心地よい
アドリア海沿いのドライブ
こんな街がやたらとでてくる。
なんだかリッチな雰囲気
Splitはさすがに都会
Splitの、ディオクレティアヌス宮殿(Dioklecijanova palača)近くの駅に駐車
宮殿の地下
大聖堂
前庭(Vestibul)
前庭
金の門
Omiš。岩壁にはさまれた河口の街。
岩壁から岩壁のトンネルを結ぶ、ちょっと驚きの橋
どこに行っても城
道路沿いのレストランでランチ。妻は地魚のグリルが淡泊だけどおいしいとお気に入り。


Omiš界隈から南は岩山だらけ
Pelješac半島近くの平野
この橋が完成したおかげで、ボスニアヘルツェゴビナを経由せずにDubrovnikに行けるようになった。
Dubrovnikに到着(アパート周辺。ここから旧市街に歩いて行ける。)
旧市街。夕方といえど、屈指の観光地とあって人が多い。
市街を囲む城壁を一周
旧市街を見下ろす。
動画(音声がでます。)
かつては世界各国の交易船が集まった港

石灰岩のタイルがぴかぴか光っている。
晩御飯はアパートで軽く一杯

10日目 DubrovnikからMakarskaまで戻る

Srđ(スルジ)山に車であがってDubrovnikを見下ろす。
Stonの塩田を守るための城壁に立ち寄り
Maliston 城壁を辿るとここに出る

この先で方向感覚のなくなった赤沼がルートを間違え、ボスニアヘルツェゴビナとの国境を越えそうになってしまう。出国ゲートでUターンさせてもらい、ことなきを得る。

道を間違えたお陰でこの光景が見られた。
Makarska到着。ここで2泊してレスト。老舗のHotel Osejavaにチェックイン。
部屋のバルコニーからの眺め
バスルームからの眺め
リビングの窓からの眺め

11日目 Makarska滞在

ホテルでのんびりする日

磯に沿って散歩
動画(音声がでます)
ワールドカップのクロアチア戦の日。夜の大騒ぎの準備中?

12日目 MakarskaからスロベニアのBohinjに移動

一気にスロベニアまでの長距離ドライブの日。途中岩山など眺めながらのドライブ。
制限速度130kmの高速を一気に
Bohinj湖到着。観光地でした。

13日目 Bohinj湖からMojstranaのブラーネ宅に立ち寄り、イタリア、スロベニア、オーストリア3国国境の山にハイキング。そしてオーストリアVillachにてレンタカー返却して宿泊。

Mojstranaに戻って来た。
左から赤沼、妻、ブラーネ。右の女性はBrane宅滞在中の友人夫妻の奥様。
MojstranaからオーストリアのVillachへの途中にある国境の峠、Wurzen Pass。ここから3国国境の峠にある山までハイキング。
峠から伸びるトレイルを行く。
道はよく整備されている。
山頂手前の山小屋が見えてきた。
山頂付近は牧草地で牛が放牧されていたりする。
山頂からはスロベニアからイタリア、そしてオーストリア側の山々が一望できる。
Motovun近くで買ったトリフチップ
3時間40分ほどのハイキング
レンタカーを返したらVillachのホテルでくつろぐ

14日目 VillachからViennaに特急で移動

特急は世界遺産あたりの橋をわたる
Viennaのホテルで一泊して、翌日は日本にフライト。

裏高尾・景信山~大久保山

妻と2人で裏高尾の名もない尾根を歩いて、高尾の「味はる」で焼き鳥食べてこようというプラン。
静かで辛すぎないルートがいいな。
小下沢から景信山に登り、登山道も標識もない大久保山経由の尾根歩きで下山しようということになった。
味はるオープンの午後3時から逆算し、日影バス停(小仏の手前)を10時頃のスタート。

関東地方は曇りで、場所によってはにわか雨の予報。
「よっぽど運が悪ければ雨に降られるかもね」なんて言ってたら、バスを降りたとたんの雨。

ぶつぶつ言いながらも雨具つけて歩いていたら間もなくやんできた。
小下沢沿いの林道に入るとすぐに木下沢梅林。
ちなみに小下沢も木下沢も「こげさわ」と読みます。
もともと「こげさわ」という音だけがあって、のちに二つの漢字がつけられたためどちらも正解なんだそう。
入園しないでも林道沿いに梅の花が見られますね。

小下沢沿いの林道を小一時間で、景信山に向かう登山道の分岐。ここから登山道に入ります。

小下沢の支流には今までに2回ほど来ているが、この登山道ははじめて。
支流沿いの道なのでクライミングのできそうな滝もあるかも?なんて興味も秘めつつ。
ところでこの小下沢の林道歩いている人たち。
人口自体多くはないんだけど、普通のハイカーよりはなんらかのマニアックな興味があって来ている人が多い印象。
林道入口あたりで鉄道の写真撮る人、蝶々の収集家、特殊な草木に出会いに来ている人・・・・あとはトレランの人たち。
もちろんちっぽけな滝を探して登ろうなんて私みたいな人種もマニアック系の一人なんでしょうね。

あ、今回は普通のハイキングでした。

先行はおばさま方2人。
でもまったく進まずあっちうろちょろ、こっちをうろちょろ。
追い抜きざまに聞くと草木の愛好家らしい。これは「よごれねこのめ」って言うんだって、教えてくれた。

こちらはこちらで、道中小さな滝があったので一応チェック。
まあわざわざ登りに来る価値もなさそうだけど、今度焼き鳥屋に行くときの口実に登ってみるのもありかもね。

沢沿いのわりとよく整備された道。


登山道が急になってくるとほどなく稜線。左の登山道表記のない尾根を行くと大久保山を経て小下沢の下流におりられる。まずは右の登山道から景信山を往復。

お昼過ぎに景信山山頂到着。おにぎり食べて一休みしたら来た道を戻る。

さっき稜線に出て来たところからが、登山道のない尾根。
でも相当はっきりと踏み跡がついてるみたい。
標識がないだけでほぼ登山道と同じレベル。
なんて思いながら歩いていたらトレランの人が抜いてった。
まあそれなりに知られていて、人が通ってるんですね。

景信山から30分程度で大久保山。
山頂標識あった。

気持ちのよい樹林の尾根歩き。踏み跡はしっかりとついている。

歩いてきた尾根の最後のピーク付近。
ここまでが景信山から1時間ほど。

ここから急坂をおりて、20分程度で小下沢の入り口付近に到着。

急な山腹の道をおりると小下沢下流、梅林の向かいあたりの工事現場にあたる。う回路を辿ると林道に飛び出す。

三連休初日とあって中央道の小仏峠あたりはまだ渋滞中。

大久保山の尾根道は結局1時間程度しかかからず、味はるオープンの3時までまだ一時間ほどあるぞ。
「あ!今日は春分の日。お彼岸じゃん!」。
おじいちゃん(妻の父)の墓は高尾駅から車で10分程度。
「ちょうどいいからお参りしてこよう!」。

てなわけでお参りしてきたらちょうど、味はるの開店時間。
「なんかおじいちゃんに墓参りに来いと呼ばれたみたいね~」とか話し合いながら焼き鳥やへ。

余談ですが、霊園から味はるに向かうタクシーの運転手さんが、
「あそここの間も登山者を送ったばかりですよ。有名店なんですかね?」
だって。
だいぶ人気が出ているみたいで、三時の開店直後に入ったのに席はほぼ満席。近くから電話しておいてよかった~。
お客さんは経験豊富そうな雰囲気の山屋ばっか。
行くなら予約していったほうがよさそうですよ。
ちなみに普通に美味しかった焼き鳥が、今回飛躍的に美味しくなっていた。まじめに修業していたらしいから効果が出たのかね。さすが。
妻も「店の雰囲気も山屋にしては常識人に見える(?)マスターもいい感じ!」だってさ。

伊勢&熊野古道(中辺路)

妻が熊野古道を歩いてみたいと言い出した。
それならまずはお伊勢参りをして、大好きな別宮も訪ねてから行こうというゆっくりプランで行きましょう。
熊野古道ははじめて。海外からのツーリストであふれかえる観光地をイメージしてたんだけど実際はどんなかね。
調べてみると熊野古道っていろんなルートがあるみたい。
一番山歩きらしい(?)大峯奥駆道は長くて大変そうだし、女人禁制の部分もあって面倒。

熊野本宮観光協会のサイトから画像をちょうだいしました。

熊野詣の中心は熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の三社で、その順番にお参りするのが正道らしい。それらをつなぐ古道のなかでは本宮大社から那智大社をつなぐ中辺路(なかへち)というのが、杉の大木の下を歩くいい感じの山道みたい。
ルートの真ん中あたりには小口という部落があり、そこで一泊しての2日行程が一般的なようなので、日程を決めて小口の宿を予約してしまう。ここのキャンセル規定が結構厳しくて実質日程変更はもうないね。
そしたら中辺路2日行程の1日目がまさかの大雨。
幸い行程2日目は晴れ予報だったので、1日目は端折って小口の宿に泊まるところからスタート。2日目は予報通りのよい天気のなか那智大社までの道のりを歩いてきた。


東京から伊勢は高速使って4~5時間。その日のうちに伊勢神宮の外宮、内宮にお参り。日曜だったのでツーリストでごったがえしてるかと恐れていたけど、案外静かだった。
この日は伊勢市のホテル泊。

旅の2日目は個人的に大好きな伊勢の別宮、伊雑宮と瀧原宮にお参りしてから熊野古道近くの那智勝浦に入るプラン。

伊雑宮は静かでとても気持ちのよいところで、過去に何度かお参りしている。観光客はほとんどいなくて、神前で祝詞を奏上してしまうような本気の人と、パワースポット巡りとして来る人がぽつぽつてな感じ。
畏れ多いので写真は撮らず。
上の写真は近くの石神様。ここも清浄な気持ちよいところだった。

瀧原宮は伊雑宮の清浄さが際立つような雰囲気とうってかわって、広くて柔らかい気に満ちていて、こちらもお気に入り。

さて熊野に移動。
ところで途上、ランチのために立ち寄った道の駅「熊野ー板谷九郎兵衛の里」に掲示されていた九郎兵衛伝承がすごい!

本当は翌日、旅の3日目に那智大社から歩きはじめて、道中半ばの小口に泊まり、4日目で本宮大社までという2日プランだったけど、3日目が100%雨という予報だったのでプラン変更。
この日(旅の2日目)はまだ時間もあるし、天気もよいので、「熊野詣」の順番に従って、歩いて行くはずだった本宮大社へは車で参拝。

写真は熊野本宮大社の旧社地、大斎原(おおゆのはら)。
川の中州にあったここが元の熊野本宮だったが、明治時代の水害で水没したため今の丘の上に遷座されたのだとか。
ひらけた雰囲気がとても好き。

熊野速玉大社。
最近どこへ行っても自撮り棒が活躍中。
2日目は那智勝浦のビジネスホテル泊。

さて3日目は予報通り雨。
翌4日目は那智勝浦の料理がおいしいと評判の温泉宿を予約していて夕食には絶対に遅刻したくない。

4日目は小口から那智大社まで歩く予定で、那智大社から那智勝浦は車で20~30分程度。料理宿に夕食前に間違いなく到着するために、まずは那智大社の駐車場に車をデポ。
バスで那智勝浦に戻り雨の中、電車とバスを乗り継いで小口の宿に入る作戦。(上の写真は紀伊勝浦駅。前夜はうしろに見えてるビジネスホテルに宿泊。外観はいまいちだけど良いホテルでした。)

4日目。
いよいよ熊野古道中辺路の一部を歩く日。
小口自然の家という昭和57年に廃校となった中学校の校舎を再利用した宿を出発。
この日の宿泊客は日本人5名、中国人(台湾?)7名、欧米人4名。
なんか熊野古道を歩く人たちの組成がわかるような。
でも小口には英語サイトでしか情報がでないような民泊施設が多くあり、海外ツーリストはこちらに固まっているのかも。

小口自然の家でお弁当もらって出発。

道はよく整備されていて歩きやすい。
針葉樹に囲まれた雰囲気は想像どおり。

道中にはお地蔵さん、祠などの遺構が多い。
なんか歌碑みたいのもいっぱい立ってた。

大雲取越というところを越えるともう後半。
紀伊の海が見えてきた。

那智高原自然公園というひらけたところで山道はほぼ終わり。
道中すごいジェット音みたいのが聞こえて、そういえば近くの串本町でロケットの打ち上げ予定があったな~、その音か?!と上空をきょろきょろ。
でも実際その日は打ち上げが中止になっていて、ジェット音は那智の滝の轟音だったと思われる。

那智高原自然公園からはのどかな道を下りて行く。

最後の長い石段をおりていくとまもなく那智大社。

那智大社に到着。
那智の滝をバックに記念撮影。

某クライマーがこの滝を登って問題になってたけど、自分も登攀ラインを目で追ってしまうのよ。クライマーの性ですな。

那智大社にお参りしたらデポしてある車に乗って料理旅館へ!

なかなかに楽しい山歩きの時間でした。

料理のおいしい温泉旅館で打ち上げ。
料理も温泉も最高。

さて旅の5日目。
妻は、那智勝浦から小口に移動のときに電車から見た海がとても綺麗だったので、その辺を歩いてみたいと言う。
プランニングは妻におまかせ。
宿から海沿いに伊勢よりに少し行ったところの宇久井という地域を散策。
環境省宇久井ビジターセンターなる施設の手前に車を停めて散策。
小さな半島の突端に灯台があったり、そこを含めて遊歩道が縦横に走っている。

熊野古道と違って広葉樹が多い。樹間にエメラルドグリーンの海が広がってなかなか感動的。

遊歩道をはずれて踏み跡をたどると海上保安庁とかかれた小さな灯台。
アドベンチャーな道で妻も楽しかったらしい。

宇久井ビジターセンターに帰って来ると時刻は11時。
あ!この近く串本町でのロケット打ち上げは今日に延期されて今頃再打ち上げの予定だったはず!
空を見上げるとまさにロケットが飛んでいくところ。
ロケット~と大騒ぎしていると、ビジターセンターの職員さんも出てきて空を見上げておりました。
でもこのあたりでミッション達成困難と判断したらしく、ロケットは解体して落ちたんだって。

このあとは海辺を散策したりしてからまっすぐに帰宅いたしました。

黒斑山(くろふやま)

妻との登山。
雪山初心者が気楽に歩ける山のひとつとして登ってみることにした。
今まで登ってきたいろんな山から浅間山が見えていた。
だから浅間山に登れば今まで登って来た山々がすべて見える?
まあ浅間山自体は噴煙吐いてて登れないので、外輪山の黒斑山に行くわけで、どんな景色が広がるやらいまいち想像もできないんだけど。

浅間山の南西、小諸市から北上して標高1973mの車坂峠までドライブ。黒斑山はここからほぼ東方向。平日なのに登山者もちらほらいて、トレースもばっちり。

雪の結晶(みたいの)がキラキラしていて綺麗だから写真を撮れという妻。手袋してるとiPhoneの操作が面倒なんで、デジカメ持ってる私が主に撮影担当になるらしい。


雪をのっけた樹林越しに見えるのは昨年登った四阿山(あずまやさん)ではないだろうか・・・・。

小一時間で浅間山が見えた。
樹のうえに雪がついた森がきれい。

フリースのうえにウィンドブレーカーで、歩くにはちょうどいいくらい。

踏み固められたトレースは歩きやすいし、天気がよくて風も弱い。
最高の登山日和なんだけど、PM2.5が飛んでいるらしく、展望はいまいちでした。

クライマーとしては岩場が気になる。

トーミの頭手前の登り。

ここまで来たら黒斑山まではすぐ。

黒斑山への稜線。

いつもの自撮りのつもり。山頂標識が入ってなかった~。

誰かが置いてった雪だるま。小さな雪庇ごしに木の上に置いてあるよ。結構危険なおもいをして置いたんじゃないかな。てか危険を把握してなかった?

アイゼン履いての歩きもだいぶ慣れてきたみたい。

日川・曲り沢

日川・曲り沢は小金沢連嶺の南端近く、滝子山の西方にある沢で、水の中をバシャバシャ歩くお楽しみ沢(デート沢)として有名らしい。
妻の登山ステップアップのひとつの段階として、今回がはじめての沢登り。沢靴、沢用靴下、沢用スパッツと新調してのデビューにこの沢を選んだ。
まずは水の中を歩く楽しみを知ってもらおうという作戦。
登山スタイルに沢登りが加わることで、人でごったがえした山小屋やテントを利用する有名山岳の縦走登山を避けるチャンスができるかなというのもありますな。

こういう地域らしい。

景徳院の駐車場をお借りして、ここからスタート。

曲り沢沿いの林道を小一時間でそれとわかる入渓点。新しい沢靴に履き替えます。

沢屋ファッションに身を固めて歩き始め。
水の中を積極的に歩く感覚が楽しいようで。
膝より上まで水に入ることもなく、大きな滝もなく、たまにナメも出てきて、渓相もよし。
古いロープをちょんぎって持ってきましたが、沢では落ちたら怪我しそう?てなところで2回出しただけ。
小さな滝だけど落ちると怪我しそうなのでロープで確保。
平凡だけどきれいな沢。ときおりナメ地帯となる。思ったよりも長くて途中から疲れと飽きが・・・
早くも沢歩きに慣れてきたかも。
なかなか美しいナメがでてきます。

ところで沢の砂の部分がきらきら光ってるのはなに?
どうやら砂金らしい。

なんだか至るところに砂金があるようで、小さな金色の粒が確認できます。
孫に見せたい~と少しばかり泥と一緒に袋にいれて持ち帰りました。

それにしても思ったよりも長い沢。
源頭部に近づきましたが、GPSを確認すると稜線まではまだまだあるし。
てことで下山ルートに予定している右の尾根に向かって支流に入ってしまうことにしました。

支流はすぐに水が枯れ、急な斜面に囲まれた。

沢よりも最後の草付き、木登りでロープが活躍。でもロープさえつけておけば怖くはないらしく、ぜいぜい言いながらもすっきりと登ってきます。

そろそろ疲れ果ててきたところ。


ロープ3~4回出したらだんだん傾斜も落ちてきてすぐに稜線。松の落ち葉に覆われた歩きやすい登山道。

気持ちのよい稜線に出ました。
最高到達地点で記念撮影。

アプローチシューズに履き替え、歩きやすい登山道を下山。

下山途中のピーク。

沢におりる近道もありましたが、遠くても歩きやすい登山道が歩きたい!というので少し遠回りして下山します。

鎌倉街道散策ー檜峠

梅雨明けも迫って、山行きたい虫がうずいてきた妻。
白神岳か日光白根か登って、温泉泊まって・・・と計画してたんだけど、山の天気予報はいまいち。
ちゃんと歩く山はあきらめて、信州・梓川から飛騨・平湯に抜ける鎌倉古道の一部でも歩いてくるかとドライブ旅行。

【アルプス越えの鎌倉街道】概要については下記参照ください。
第一弾 祠峠に鎌倉街道を想う。
第二弾 檜峠
第三弾 アルプス越えの鎌倉街道ー池尻砦

祠峠や檜峠の、今まで行ってない側に車でアプローチしてみたが、道が悪かったり暗かったりでそそられず、第二弾、檜峠のコースをもう一度歩いてみることにした。

沢渡バスターミナルの向かい側にある林道を入る。
すぐに沢渡あたりの喧噪は足下となり、静かな道。
ダートの道を登って行けば檜峠まで行けるけど、今日は歩きたいので途中の草むらに車を突っ込んで、そこから歩くことに。

春先に来た時よりもやはり草が伸びてます。

一時間ほどの歩きで檜峠に到着

梓川沿いの国道がなかったころは、この峠を越えて白骨温泉に行っていたらしい。白骨温泉への道(今は廃道)をトレースしようかと思ったんだけど、今は熊狩りエリアとなっているらしく、何かと危険そうなのでやめた。

檜峠の北東に檜峠山というのがあるらしく、登山道はないけど尾根伝いに行ってみよう。

うっすらと踏み跡はある。

気持ちのよい樹林をとぎれとぎれの踏み跡を登っていくが・・・
どうも直近の先行者がいるらしい。
丸い足跡で、5本指・・・・熊さんかな?
同じ踏み跡を歩いてますな。

熊鈴、笛、匂い袋(クマヲボル)、スプレー、それに太いストック・・・と完全武装しているしと進もうとしたら、
「もし熊に会ったら絶対守ってくれるのね!」と妻。
いや絶対なんてありえないし・・・・
ま、下るか。というわけですぐ檜峠に戻って。

樹間に焼岳を遠望

檜峠からの下りは約40分。お昼前に終わってしまった。

以前に行って美味しかった奈川のとうじそばを食べに行こう!

奈川・とうじそばの仙洛。
あまりの美味しさに写真撮るの忘れて完食。
仕上げの雑炊まで食べきってお腹ぱんぱん。

帰りに買った松本ハイランド(波田)すいか

そばで腹いっぱいのところ、すいかまで食べてしまってちょっと胃の調子が・・・・

ご近所さんや、北杜市在住クライマーのエリサさんにもおすそ分け・・・というか、食べきれないので押し付けた。

エリサさんがくれたビールが美味しくて、また七輪など持ち出して・・・

こんなことになって。

締めは登山用にコンビニで買ったおにぎりの残りを焼いて食べました。これかなりいけるね~でも食いすぎ。

雨飾山登山

山の雪もだいぶ溶けてきた時期だし、妻との登山を再開。
今回は日帰り登山のち温泉という方針。

6月27日木曜、梅雨の晴れ間で天気が持ちそうなエリアということで、行き先は雨飾山に決定。
2回登攀したふとん菱も見たいし、小谷側から登ることにした。
熊出没情報がひっきりなしなんで、二人して熊鈴ぶらさげ、熊ヲボル(熊除けの匂い袋)も装着して雨飾高原キャンプ場の登山口を出発。新緑が美しいね。

ブナ平

この先の登山道が曲がったところで、いきなり大きな動物が逃げて行ってびっくり。どうも熊っぽいな~。
鈴と熊ヲボルが効いたのか、効かないから接近したのか。

水は荒菅沢を横切るときに汲めばいいやと安易に考えていたんだけど、雪渓に埋まってるじゃん!そりゃそうだわな。まだ6月でした。

しょうがないので雪渓が口あけてる上部までえっちらおっちら登って、木の根つかんで沢底におりて、水汲み。

登山道からフトン菱方面。天気は思ったよりよかった。

笹平手前は結構急登がつづく。
黄色い花。Googleに聞くと、ハナニガナとかキンランとか出てくるけど?

昔々、この山から海谷を見て、海老嵓を登りたくなった。アプローチが悪くてなかなか辿りつけず、登るまでに30年以上かかった。
まんなか辺の三角形の岩壁が海老嵓南壁。

笹平まで約3時間。コースタイム通りくらいで歩けてハッピー。

笹平から1時間ほどで山頂。

せっかくガスストーブ持ってきたのでカップラーメン。虫よけネットで顔が見えない。

山頂で自撮り。
Googleがこれは「アカモノ」だと言ってる。
梯子はアサヒビールが寄贈したんだって。

17歳のときと、60歳のとき、2度登ったフトン菱。これで見納めかも。

携帯トイレ用のブース。
登山口はもう近い。

今夜は雨飾荘に宿泊。
新潟側の雨飾山荘と、長野側の雨飾荘。ふたつあって紛らわしい。
なんか混乱して予約しちゃったけど、雨飾荘大正解。

料理が最高に美味しくてテンションあげあげで登山旅を終了できました。

中山道ハイキング⇀山小屋宴会

40年来の岳友、原君と酒を酌み交わすために、恵那山の登山基地ともなっている富士見台高原の萬岳荘に出かけた。

原誠一氏は、登攀クラブ蒼氷という先鋭的なクライミングチームのメンバー。バリバリ登っていた若いころにザイルを組んだ仲間だ。

30年以上の消息不明の時を経て二人ともおっさんになっていた。
ある時互いの消息を知り、再会した最初の一言はそろって「よく生きてたね~!」だった。

今は登山ガイドと萬岳荘の管理人という二足の草鞋を履く彼と一杯やるため、ゴールデンウィークで忙しくなる前の萬岳荘を妻とともに訪れた。幸い(?)お客さんもなく、3人で語り、飲む時間を過ごすことができた。といっても飲んでたのはおっさん二人だけだが。

萬岳荘へは、彼がヤマケイオンラインの記事で薦めていた、中山道の古道をハイキングしてから向かうことにした。
奈良井宿から鳥居峠を越えて藪原宿にいたる古道で、木曽路最難関とも言われたところらしいが、今では観光ハイキングルートとして整備されているようで、春先ののどかな時間が過ごせそうだ。

奈良井宿の無料駐車場に車を停めて、ここからスタート。
ゴールデンウィーク直前の朝とあって駐車場はがらがら。

混雑を恐れていた奈良井宿の観光地も、平日の朝は人けがないらしい。

ご神木が神社の真ん前に。あれ?なんかこんな風景、最近見たな。
鎌倉古道を歩いたときの祠峠の神社だ!不思議に思ったものだが、こういうご神木の立ち方ってなんか意味があるのかな。

しばらく石畳の道を行く。

気持ちのよい樹間の道。こういうのも薬研堀って言うのかな?

鳥居峠に到着

まもなく藪原宿

ハナモモが花盛り

似合わない写真撮ってあげると言われポーズ

そして萬岳荘に到着

山菜マスターとして知られる原君が素敵な収穫をしてくれていた。今夜は山菜づくしだ~

心づくしの料理を作りはじめてくれる。

妻は盛り付けと配膳担当

原君の絶品山菜料理の数々。地元産のおいしい豆腐は行者ニンニクとともに。

赤沼はひたすら天ぷらを揚げる。五平もちやらおやきもあるぞ。

そして乾杯の時間。酒は赤沼が先週、鎌倉古道散策の帰りに買ってきた大信州。最近これにはまってるのだ。原君もこれが大好きだそうで。

飲むほどに話は尽きず。おっさん二人は後半からの記憶なし。
妻によると、宴会が終わって部屋で寝支度をしたあと、宴会場で座ったまま寝てしまった原君を起こして寝かさないととか、ぶつぶつ言いながら出て行った私はそのままなしのつぶて。
朝なぜか持参の酒はすべて空に・・・・
どうやらそのへんの小人が出没してぜんぶ飲んでしまったらしいということで決着。

翌朝はぼんやりと霞む頭のまま、展望絶佳の富士見台高原を散策ののち、帰宅いたしました。

立山(妻とテント泊登山第二弾)

妻のテント泊登山第二弾。

前回のはじめてのテント泊登山は、妻にしてみれば重荷を担いで苦労したけど、谷川岳の国境稜線の雰囲気が最高で、ステーキにワインで盛り上がったテント泊もあり、とても楽しかったらしい。ただ蓬峠からの下りが、崩壊が激しかったこともあり、歩きの難易度高め。これが大きなマイナスポイントだった。

というわけで今回は、道が整備されていて、眺めがよくて、テント場も整備されている場所探し。これが難しい課題なんだよな。
そういう場所はたいがい登山者や観光客でごったがえしたりするわけで、静かな山旅とは反する場合が多いわけで。

でもまあ、決行は平日だし大丈夫か!

というわけで今回は、産まれてはじめての黒部立山アルペンルートで室堂に入り(つまり乗り物にのって高所にいきなり行ける)、1時間ほどの軽い歩きでキャンプ場(雷鳥沢キャンプ場)について、翌日は軽い荷物で立山登頂。キャンプ場に帰ってきて、テント撤収して、またまた乗り物で帰る・・・とそういうプランを立てた次第。

でまあ結論を言うと、山はたしかによかった。
でも夏休みの平日をなめていた。
徹頭徹尾、すごい人込みでした。
団体の観光客や団体の登山ツアー、それに小学生から高校生までの団体登山etc. etc.
ぐったりと疲れて帰ってきました。

まあ山はよかった。


あ、油忘れた。
しょうがないので肉をつけてきた煮汁とワインでぐつぐつ。
見た目は悪いけど、味はよかった。
ただ前回と違って、重荷担いで行動後という状況ではなかったせいか、それほどの感激もなし。

早朝の登山道を行く。このころはまだ人も少なく気持ちのよい歩き
稜線にでたら槍ヶ岳方面もばっちり見える

雄山山頂あたりから人が多くてうんざりしだすが、なかなか楽しい稜線ではあります。

立山(雄山、大汝山、富士の折立)を登り、このあたりから下山。

初めてのテント泊登山「谷川岳」

今夏のテーマは夫婦でのテント泊縦走。

妻は、道の駅や登山口でのテント泊は経験があるが、テントを背負って山に登り、稜線で泊まるというのは今回が初めて。
テントは私が背負うにしても、加齢による体力低下を考えると、装備はなるべく軽くしたい。
まずは装備の大人買いからスタート。

上から、
妻のザック:自分の寝袋やマット、食料くらいは持てるように33リットル?の少し大きめザック。あまりの背負いやすさに妻感激。
妻のマット:テント内用のエアマット。軽さと高さにびっくり。
テント:最近のは本当に軽い。扱いやすさ、耐久性なども申し分なし。
妻の帽子:日焼けを徹底防止するため。ブヨ除けネットも買えばよかった。
そのほかにもガスコンロのヘッドとか、ウェア類とかいろいろと大量に購入。
行先はいろいろ検討のすえ、谷川岳に決定。谷川岳は基本テント泊禁止だが、実際は張れる場所がいくつかあるらしい。登山者の絶対数が増えてきたせいか、山登りでも予約がどうとか、規制が増えていたりとか、コストがかなり高くなっているとか、昭和のクライマーとしてはそれだけでうんざりする場面が多くあって、場所の決定にかなり手間取ってしまった。

楽に登るため、天神のロープウェイ利用、谷川岳から国境稜線を北上し、時間や疲れ具合を見ながら、茂倉岳か蓬峠でテント泊、下降路もその時の気分で・・・・というざっくばらんな1泊2日の山旅計画。

天神平のロープウェイ終点から歩き始め。
谷川岳見えてます。
この時点では人は恐れていたほど多くなかった。

天神尾根を登ります。梅雨の合間に晴れた週末とあって、登山者の数がすごい。妻は景色を見て楽しんでいたが、昭和のクライマーは人あたりしてしまった。
谷川岳(トマの耳)までは約2時間半で到着。万太郎岳方面に向かう国境稜線が(妻によると)美しい(らしい)。
これから向かう谷川岳のもう一つのピーク(オキの耳)は、よく見ると人が蟻のように・・・・
谷川岳の人込みを離れて人心地。これから国境稜線を北へ。これから向かう一ノ倉岳と茂倉岳を望む。

ところで、一ノ倉沢がのぞきこめるあたりでヘリコプターの音。
よく見ると有名な衝立岩の下にあたるテールリッジの付近でヘリがホバリングして人を吊っているのが見えた。
あとで聞いたら衝立岩で滑落事故があったらしい。

懐かしい一ノ倉沢を見下ろす。
黄色い花。あちらこちらに黄色い花があったよねというと、妻は黄色い花だけで5種類はあったと・・・・え?
これはあとで調べたらミヤマキンポウゲというやつらしい。そういえば赤い花と思っていたのはイワカガミだと通りすがりのおじさんに教わった。

谷川岳を振り返ると、一ノ倉沢の岩壁群。
あれが滝沢スラブ、あれがドーム・・・と説明するが、妻の関心はむしろ、なだらかに広がる稜線のうねりとか、はるかかなたまで連なる山々の景色、それと花。

一ノ倉岳山頂からの景色。妻はまたまた幸せすぎて困っているらしい。
一ノ倉岳から茂倉岳に向かう稜線が気持ちよい。
通ってきた稜線を振り返る。手前が一ノ倉岳、奥が谷川岳。

さて茂倉岳についたのが13時くらい。
今日の選択肢は・・・
1.茂倉岳山頂付近でテント泊して、翌日なだらかな尾根を土樽に下山⇀(まだテント張るには早すぎて暇かも)
2.武能岳を越える稜線を進み、蓬峠でテント泊。翌日土合か土樽に下山(コースタイムを計算すると到着が16時過ぎるかも。体力的にも心配だし、テント場あいてるかも不安)

結局、夜中に風が強くなる予報もあって茂倉岳の山頂付近でテント泊もいまいちかな~と、頑張って歩くということで蓬峠プランに決定。

茂倉岳からおりてきた。
武能岳まではまだまだありそうだ。
武能岳への登り。この辺で少しずつへこたれてくる。
武能岳山頂に到着。うしろに聳えるのが今日歩いてきた稜線。
武能岳からはなだらかな長い稜線を下り、16時頃やっと今日のテント場、蓬峠が見えてきた。約7時間半の行動だった。

テント場は結構いっぱいいっぱいだったけど、なんとかテントを設営。まずは行動食の乾きものを広げてワインで乾杯。
この後、漬け汁につけて冷凍してきた上州牛のステーキ、にんじんのグラッセ、ブロッコリー、フリーズドライのビリヤニとコースは進むのだけど、美味くて夢中になりすぎて写真はなし。
妻はこんな美味しいステーキ食べたことない!とか絶叫してました。
私のほうはワイン1ボトル分持ったのを、まさかこんな飲まないよねと減らしたのがあだに。軽く1本飲めたわ。

蓬峠のテント場。背景が今日歩いてきた稜線。
テント場から夕焼けを眺める。
朝、5時半前に出発。でもわれわれが最終に近かったね。

さて今日の予定は下山のみ。
稜線を西へおりれば土樽駅。ここから国境稜線の下のトンネルをJRで土合駅に戻り、駐車場に行ける。が、電車の本数はかなり少ないみたい。
稜線を東へおりれば土合に直接戻れる。ただ旧道が豪雪のせいで崩落していて危険なため迂回する新道ができていたり、その新道だって谷の道には違いがないので状態がいまいち読めない。でもまあこちらのほうが一ノ倉沢の観光もできちゃうし、整備はされているだろうけど土樽におりる道だって谷の道にかわりはないし・・・・と土合プランに決定。

土合に向かう谷の道をおりていく。
いきなり道が崩落してるし・・・・この先もこんなのが続いた。
ぐずぐずの残雪の残る沢をいくつも横切って行く道なので、この時期崩落はしょうがないんだよね。妻はいやがってたけど・・・・
途中、裸足になって沢を渡る(渡渉)個所も。
道は森に入る。緑が美しい。
思ったより時間がかかったけど、なんとか懐かしの一ノ倉沢に到着。
ここからは観光用の電動バスがあるので、迷うことなくバスに飛び乗る!

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