山岳巡礼倶楽部、赤沼の個人ブログ

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クロアチア・アドリア海のドライブ旅行

2026年6~7月、妻と2人でスロベニア、クロアチアを旅してきた。
目的は主に2つ。
スロベニアで40年ほど前にクライミングを共にした友人たちに会うこと。
もう一つがクロアチアの、主にダルマチア地方のアドリア海に沿ってドライブ旅行をし、美しい海と古い街並みを眺めてくること。

スロベニア、Mojstrana村の友人たちとの交流については別途投稿したので、ここでは後半のドライブ旅行について。
ほぼほぼ自分たちのための備忘写真集となりますよ。

と、その前にMojstranaについてちょっと書いておきたい(かなり余談)。

Mojstranaはスロベニアの最高峰トリグラフの登山基地として知られる、人口1000人ほどの静かで美しい高地集落。
激動の歴史にもまれ、またそれとも連携しての登山史にも重要な役割をおってきた村。
詳しくはこちらを読んでください。
クライミングジャーナル誌掲載記事「トリグラフのクライマーたち」

19世紀ころここは、豊かな水力と森林資源を活かした製鉄業やセメント製造業が栄えた歴史を持つ。
しかし19世紀末ころから自然環境を生かした方向にシフト。

最近、経済の最大の柱はアルパイン・ツーリズム。
もとよりスロベニアの最高峰トリグラフをはじめ多くの岩峰に囲まれた氷河谷の起点であって、この小さな村からスキーや登山の分野では多くのオリンピック選手や著名な登山家を輩出しているところ。
今では登山のみならず、サイクリングやトレイルランニング、ヴィアフェラータなども人気となっている。
冬はクロスカントリースキー、そして近くの渓谷ではアイスクライミングも盛んにおこなわれている。

Mojstranaのブラーネの家(離れ)に4泊させてもらった。

スロベニアというと「肉食文化」というイメージを持っていた。
40年前は肉はあまりなかったけど、それは単に社会主義時代で貧しかったのだろうと推測していた。

ところがブラーネをはじめ、この村では肉よりはキノコ類だとか、チーズ、そば粉などを使った素朴な伝統料理が中心らしい。
レストランで肉を使った料理を注文しても、野菜やパスタなどが中心の料理に肉の一部やラードなどをスパイス的に使っているだけなのには驚いた。

これには伝統的な自給自足に近いライフスタイルが根強く残っているということもあるようで、スーパーで肉を買うよりは、季節の野菜、キノコ、豆類などを使ったスープや煮込みを食べることが多いようだ。
そしてスロベニア全体に共通するのが、環境保護やサステナビリティへの意識の高さということがあるということをあとから知った。

そういった意識の高さはこの村の最大産業であるアルパイン・ツーリズムにも影響を与えていて、大型の商業施設を導入することなく村の景観は40年前とほとんど変わらず。地元の商店や素朴なゲストハウスが中心。
ブラーネなんぞは村のど真ん中に家があるし、「離れを民泊で貸せばいくらでもお客さんくるのに」と言っても、「ここは訪ねてくる友人を泊めるだけ」なのだという。
「この美しい村でそんな下品なまねはしたくない」という心の声が聞こえてきた気がする。

今では登山口のAljažev domまで車は入れるが入場制限もあり、かわりに無料のシャトルバスが運営されている。
夏のシーズン中、村は当然ながら多くのハイカーやクライマー、サイクリストなどであふれるが、上記をあえてボトルネックとして機能させることで、自然や景観が守られているように感じた。
グリーンツーリズムかくあるべしと思う。

まあブラーネなど古いクライマーたちに言わせれば、
「旧ユーゴスラヴィア時代は自由でよい時代だった!」
ともなるらしいが・・・・たしかに、そうも思う。
われわれの「昭和のクライマーは自由だった!」みたいな感覚なんだろうね。

さらに余談だけど、かつてクロアチアのスプリットへのビジネストリップにブラーネにつきあってもらったことがある。その時、なぜか時間に追われてふたりで運転を代わりつつかなりのスピードで走り続けたことを覚えている。
ブラーネのいう「自由」には、そんなのが取り締まられなかったというのがあるらしいが・・・・・スロベニアやクロアチアの幹線道路は速度制限130km/hのところが多い。山道でも90km/hとか。そんなスピード出したら絶対事故起こしますけど・・・・みたいなやつ。
それでも彼には不自由と感じるらしいよ。



さてここからは時系列で観光写真を並べていきますね。
夫婦であとからにやにやと見るための備忘録なのでよろしく。

まずはウィーンへのフライト。ステファン大聖堂近くの宿にチェックイン。
フライト疲れもあるので、軽く野菜料理でも・・・と出かけたのになぜかギリシャ料理をがっつり食べてのスタート。
2日目はまず街中をぶらぶら散歩。公共交通機関を使ってまわるつもりだったけど、案外小さな街でぜんぶ歩けてしまった。
夜はコンサートを予約していたので、ビッグランチ。ウィーンに音楽留学していた友人もお薦めのプラフッタというお店の名物料理「ターフェルシュピツェ」というやつ。うまかった。
小さな教会で開催されたコンサート。観光用コンサートだろうと期待もしていなかったけど、古楽器を用いて昔の奏法で演奏するというにくい演出がなかなか楽しかった。

3日目はウィーンからスロベニア国境に近いVillachまで特急で移動。予約していた1等の車両自体がなくてずっと立ちっぱなしというトラブルあり。電車、かなり大雑把なので要注意。帰途もこの電車だったけど、今度もまた予約席が存在していなく、特等に案内されプラマイゼロってやつかね?

Villachからはレンタカーを借りて、Mojstranaまでは1時間もかからず。
ここでブラーネの家に4泊したので、つづきは7日目から。
この間のお話はこちらで。

ユリアンアルプス再訪


7日目
MojstranaからクロアチアのMotovunに移動。

宿泊地とだいたいのドライブルート
スロベニアの首都Ljubljanaのお城
お城のまわりが歩ける。お金を払うと中にも入れる。暑くて観光客も多いので中は割愛。
山城のLjubljana castle に車を停めたので、軽い山道を大汗かきながら街まで下る。
ljubljanaの街中
ljubljanaの街中
Ljubljanaの街中
道中、有名なトリフ店に立ち寄りつつ、Motovun到着。山上の城塞都市ってことらしい。雲海に囲まれるとラピュタのようになるらしいけど、今回は天気良すぎ。
城塞都市の中を歩きまわる。
暑さにへこたれてる。この宿(Sobe, Guest house)はトリフ料理レストランが経営。

8日目。

朝のMotovunを眺めつつスタート。
真っ青なアドリア海沿いのドライブ
沖合に石灰岩の島
ビーチのレストランでいかフライなど食べつつ
ŠibenikのKatedrala sv Jakoba(聖ヤコブ大聖堂)
中、すいてた。
洗礼室の天井
聖堂建築の際、寄付してくれた人の顔・・・だったかな?
聖ミカエル要塞(Tvrđava sv. Mihovila)までは歩いて行ける。
ミカエル要塞からのシベニクの街並み
少し戻ってSrimaという小さな町近くのビーチ。地元の人御用達のこじんまりしたホテルに宿泊。
リーズナブルなビュッフェディナーは野菜中心

9日目。Dubrovnikへの移動日。

朝食はテラスで。海近くの気取らないホテルが心地よい
アドリア海沿いのドライブ
こんな街がやたらとでてくる。
なんだかリッチな雰囲気
Splitはさすがに都会
Splitの、ディオクレティアヌス宮殿(Dioklecijanova palača)近くの駅に駐車
宮殿の地下
大聖堂
前庭(Vestibul)
前庭
金の門
Omiš。岩壁にはさまれた河口の街。
岩壁から岩壁のトンネルを結ぶ、ちょっと驚きの橋
どこに行っても城
道路沿いのレストランでランチ。妻は地魚のグリルが淡泊だけどおいしいとお気に入り。


Omiš界隈から南は岩山だらけ
Pelješac半島近くの平野
この橋が完成したおかげで、ボスニアヘルツェゴビナを経由せずにDubrovnikに行けるようになった。
Dubrovnikに到着(アパート周辺。ここから旧市街に歩いて行ける。)
旧市街。夕方といえど、屈指の観光地とあって人が多い。
市街を囲む城壁を一周
旧市街を見下ろす。
動画(音声がでます。)
かつては世界各国の交易船が集まった港

石灰岩のタイルがぴかぴか光っている。
晩御飯はアパートで軽く一杯

10日目 DubrovnikからMakarskaまで戻る

Srđ(スルジ)山に車であがってDubrovnikを見下ろす。
Stonの塩田を守るための城壁に立ち寄り
Maliston 城壁を辿るとここに出る

この先で方向感覚のなくなった赤沼がルートを間違え、ボスニアヘルツェゴビナとの国境を越えそうになってしまう。出国ゲートでUターンさせてもらい、ことなきを得る。

道を間違えたお陰でこの光景が見られた。
Makarska到着。ここで2泊してレスト。老舗のHotel Osejavaにチェックイン。
部屋のバルコニーからの眺め
バスルームからの眺め
リビングの窓からの眺め

11日目 Makarska滞在

ホテルでのんびりする日

磯に沿って散歩
動画(音声がでます)
ワールドカップのクロアチア戦の日。夜の大騒ぎの準備中?

12日目 MakarskaからスロベニアのBohinjに移動

一気にスロベニアまでの長距離ドライブの日。途中岩山など眺めながらのドライブ。
制限速度130kmの高速を一気に
Bohinj湖到着。観光地でした。

13日目 Bohinj湖からMojstranaのブラーネ宅に立ち寄り、イタリア、スロベニア、オーストリア3国国境の山にハイキング。そしてオーストリアVillachにてレンタカー返却して宿泊。

Mojstranaに戻って来た。
左から赤沼、妻、ブラーネ。右の女性はBrane宅滞在中の友人夫妻の奥様。
MojstranaからオーストリアのVillachへの途中にある国境の峠、Wurzen Pass。ここから3国国境の峠にある山までハイキング。
峠から伸びるトレイルを行く。
道はよく整備されている。
山頂手前の山小屋が見えてきた。
山頂付近は牧草地で牛が放牧されていたりする。
山頂からはスロベニアからイタリア、そしてオーストリア側の山々が一望できる。
Motovun近くで買ったトリフチップ
3時間40分ほどのハイキング
レンタカーを返したらVillachのホテルでくつろぐ

14日目 VillachからViennaに特急で移動

特急は世界遺産あたりの橋をわたる
Viennaのホテルで一泊して、翌日は日本にフライト。

北白樺高原・姫木平ハイキング

このコース歩いてみた。
車山の近くで展望のよい笹の尾根をゆるやかに歩いて行くコースらしい。

エコーバレースキー場(休業中)の駐車場からスタート。
コースを反時計回りに登って行くと、背後に蓼科山から八ヶ岳の全貌が開ける。

八ヶ岳
尾根の先に車山が見えてくる。
主稜線にあがると八ヶ岳~四阿山~後立山連峰~槍穂高~乗鞍~木曽御岳~中央アルプス~南アルプスと360度の展望。写真の背景は槍穂高。
冬枯れの笹尾根を歩く
南の耳というピーク。すぐ先には北の耳というピークがある。
周回コースは車山の手前で登山口方向に戻り始める。
殿城山のピーク
気持ちのよい下山路

コースタイム3時間のルートを4時間弱かけて一周した。

締めは小淵沢駅前、井筒屋の鰻。絶品です。

比志神社・比志城址

比志津金山塊の里山歩きに端を発した、古寺探訪と山城歩き。
今回は穂坂路の狼煙台コースに沿って、比較的マイナー(?)な比志神社/比志城址を訪ねてみた。
そうは言っても八ヶ岳南麓の我が家から休日一日を費やすには工程が短すぎる。
まずは起点として韮崎の新府城に行く。いやまあ途上にあるシャトレーゼでワインを買うというついでもあったんですがね。だったら躑躅ヶ崎、甲府城まで行けよと言われそうですが、さすがに甲府までドライブしてもろ観光コースを歩きたくもないな・・・と。
歴史検証は人におまかせするとして、武田やら徳川やらがここ新府城から穂坂路に沿った狼煙リレーを行った可能性もあるのだなと想像してるわけです。

この階段の上が新府城址らしい。
まあ観光地です。そういうわけで次。

ここから甲州~佐久の往還路であった穂坂路(県道23号)に沿って、みずがき湖方面に向かうと、みずがき湖の少し手前が比志の集落で、ここに比志神社があります。比志津金山塊の斑山や笠無などはこの道の西。そして獅子吼城をはじめ狼煙台のある山城がこの街道沿いに並んでいます。

比志神社

比志の集落のど真ん中、塩川のほとりに比志神社があります。

比志神社と天然記念物となっている大杉

いよいよ本日のメインイベント、比志城址に向かいます。
比志神社からは塩川をはさんで向かい側の里山がそれらしい。
徳泉寺の先で林道が通行止めとなっているので、手前に駐車して大回りに尾根に向かうが踏みあとはほとんどない。

尾根にでたらだいぶ歩きやすくなった。
尾根沿いに進むと20~30分ほどで山頂。比志城址です。
比志の城山という標木が腐りかけている。

全工程を通してしっかりとした踏みあとはほとんどない。帰りは谷筋に下り、車を停めた林道に直行。

比志津金山塊、狼煙リレーの城たち

比志津金山塊と言われる、一連の里山的な山たちに関心をもってざっとネットリサーチをしてみた。比志も津金も北杜市須玉町に属する地名ではありますが、比志津金山塊全体がどちらかに属しているわけではなく、行政的には須玉町小尾、比志、下津金、上津金、江草、東向・・・・と言ったいくつかの地名が包摂されているようです。まあそれは所詮行政区分ということで、この山塊の性格を決定づけるものではないでしょうがね。
さて、この地域を地図などで眺めていると、多くの神社仏閣や城址があることがわかります。そして各城址について調べると実に多くの狼煙台がそこに連綿と設置されていたことがわかります。
もうひとつわかったのは、先日登った斑山には金鉱山があったらしいこと。

北杜市高根町側(西側)からの斑山

ここでは歴史、文化の調査を目的としているわけではなく、興味の対象はあくまで「里山的な楽し気な山脈」なんですが、上記のリサーチからとりあえず安直な結論をくだすなら、この一帯は甲斐武田源氏一族の発祥の地とも言われるくらいの武田源氏ど中心な地域であり、文化的痕跡を多くのこしている地帯であるということです。武田家は金鉱山の開発といった産業を興し、この一帯に点々とつながる城のネットワークをつないだ狼煙リレー方式の伝達網を駆使しつつ、棒道と呼ばれる物資や人を運搬する戦略的ロジスティクスを展開して信濃などを攻略していったと、そういうことのようです。

根古屋神社の大ケヤキと獅子吼(ししく)城址(城山)

獅子吼城(別名江草城または江草小屋)は標高788mの山城で、山名は城山となっている。当然ながら狼煙リレーの重要な中継地点の一つ。その麓にあるのが根古屋神社で、本殿をはさんで二本あるケヤキの巨樹が国の天然記念物とされ、観光対象ともなっている・・・・・と情報にはあるが、ゴールデンウィーク中に2回いったが一切人には出会わず。つまり静かな良いところだった。

なかなか立派なケヤキです。樹齢1000年とも言われているらしく、実際樹の洞は大きく開き修復が施されている。

根古屋神社の右手を巻くように細い車道を進むと、獅子吼城址への登山口があります。

気持ちのよい樹林と岩ごろごろの急登を15分程度で山頂に着きます。
山頂からは甲斐駒ヶ岳をはじめ、南アルプスの連山や富士山までが一望できます。

海岸寺

海岸寺は比志津金山塊の西。小川山に通ったクライマーなら、安くお風呂に入れる「おいしい学校」の少し北と言えばわかるでしょうか。141号線近くの大門ダムのちょうど東くらい。大門ダムと海岸寺の間には1087.8mのピークがありますが、ここもどうやら山城だったらしく源太ヶ城と呼ばれているようです。余談ですが、地図を見るとこのピークの近くまで細い車道(林道)が到達しているように見えるので確認にドライブしてみました。が、どうも廃道くさく、車でのアプローチは難しそう。

海岸寺は臨済宗の禅寺。

山奥の静かな禅寺、海岸寺は入口に「観光客は受け入れていない」旨、板書されています。境内には100体観音といわれる石仏が並んでいます。

禅寺だけあって静けさに包まれた境内は心安らぎます。
樹林を前にした瞑想用のベンチなどもあります。
2回訪ねましたが、まったく人には会わず。

2回目は観音堂のさらに上の山中を散策(道はなし)。とおくに甲斐駒が見えます。

比志津金山塊って知ってる?

八ヶ岳南麓の別宅で半日ほど時間があったので、軽い山歩きでもしようかと周辺の地図を見ていてみつけたのが斑山(1115m)。マイナーながら登山道もあって1時間ほどで山頂に行けるようです。

この辺を比志津金山塊と言うそうです。

斑山のことを登った後にわかったのですが、この茅ヶ岳(にせ八ヶ岳とも言われる)と八ヶ岳の間に位置する山塊を比志津金山塊というのだそうです。甲斐大泉駅近くの別宅に通うたびにこの山並びが気になってはいたのですが、その名前は初耳でした。

で、とりあえず斑山行ってきました。

多麻トンネルの西に「斑山登山口」と小さく書かれた登山口があります。

【斑山】
斑山は比志津金山塊の南端近くにあります。
小さく目立ちにくい登山口の反対車線側に駐車して登山開始。舗装された林道はすぐに樹林の登山道となります。
最初はいくらか急な登りですが、稜線にはいってからは気持ちのよい起伏を越えていきます。八ヶ岳や甲斐駒ヶ岳の山々も遠望できます。
ブナの花々や珍しいきのこ類も目を楽しませてくれます。
のんびり歩いてピークをいくつか超えていくと、1時間ちょいとで山頂に到着。

さて下山後、斑山について調べてみました。
斑山は日本山岳会山梨支部で発表している「甲斐百名山」のひとつとして紹介されていました。そしてそれ以外にも比志津金山塊から、笠無(1476m)、三ツ沢の頭(丸山)(1665m)の二つが入っているようです。
これらの山には時折登山者が入っているようで、登山記録には斑山が貴重なきのこ(松茸?)の産地であるため、秋は閉鎖されるとか書かれていましたよ。

斑山にはこんなキノコも多数。

Google画像検索するとChaga Mushroomというのが近い感じ。もしそうだったらカバノアナタケとか霊芝とか言われる貴重なキノコなのかも???

比志津金山塊。なにやら楽しくなってきました。
● 立地的にマイナーで人静かな山歩きができそう。
● 八ヶ岳や南アルプスにも近い絶好の山岳地帯
● 松の植林が一部あるほかは広葉樹のブナ林で4月のこの季節は緑が美しく、花々も楽しめる。キノコ類なんかも豊かなのかも
● 周り中に由緒ありげな神社仏閣が多くあります。歴史的な発見もあるかも。

というわけで、しばらくはこの辺で遊べそうです。

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