山岳巡礼倶楽部、赤沼の個人ブログ

カテゴリー: 山・クライミング

息子と登山(大学生編)

小3から始めた息子との夏山合宿は、高校に入学して部活が忙しくなり終了となりました。
「久々にまた山でも行くか~」となったのは、大学に入って少し時間ができたせいかな? 息子18歳。

親子登山の記事書いたあとにこれ見ると成長したな~と思います。大学での専攻は農業、部活も農業、バイトも農業。農業サークルのユニフォームで来ました。

行く先は戸隠山としました。二人とも初めてです。ある程度岩場があったほうが楽しいねというのもこの山を選んだ理由です。

蟻の塔渡り

岩場の多い山ですが、鎖場では絶対鎖をつかまないし、有名な難所も遊びながら歩いてます。こういうあほで意地っぱりなとこ、誰に似たんだろ。もっともこんな動画を撮りながら後ろを歩く親父のほうがもっとあほかも。

楽しく登ってあっさり山頂に到着。

でも素晴らしかったのはこの後。稜線を飾る岩場と花のコントラストがなんともいえずいいんですね~。てかこういうものを良いと感じるほどおっさんになったということか。息子は食える植物と食えない植物を身体で学ぶと言いつつ、片っ端から口にいれてます。ん?それってなんの修行だ?

さて楽しい縦走のあとは沢沿いの下山路。技術的にはここが一番の核心だったかも。

クライミング・昔話

山登りを始めたのは、歩こう会や走ろう会を主宰していた祖父の影響でした。夏休みには祖父とともに毎朝の早朝登山をしていました。

高校生になると山登りは一気に本格化。高校山岳部ではすぐに物足りなくなり、社会人山岳会(山岳巡礼倶楽部)に入会。まずは日本の既成クライミングルートを片っ端から登り始めます。

谷川岳や穂高などのクラシックルートを一通り登りまくったあとは、1日に何本登れるかをかけてのスピードクライミングに夢中になっていきます。
そのうち、危険なルートで肉体や精神の限界に挑戦することよりも、辺境と言われるような地域を、未開拓な岩場を求めてさまよいはじめます。

まだ社会主義体制だった旧ユーゴスラヴィアの石灰岩峰群にほれ込み、地元のクライマーの家に居候しつつクライミング三昧の日々を過ごしました。
写真はユーゴスラヴィアの名峰トリグラフ。日本人としては初めてその北壁を登りました。

トリグラフの北壁登攀時に20メートル程度の滑落。奇跡的に助かったものの満身創痍でビバーク中。

自力下山したら村の人たちがみんなで迎えてくれた。病院に連れて行ってもらえると思ったら、行先はバー。みんなで北壁登攀を祝ってくれました。

ヒマラヤやアンデスの高峰にも行くようになりましたが、組織登山には馴染めず、少人数のアルパインスタイル登山が中心となります。

ここでも辺境好きの虫が顔を出すのか、関心はむしろネパールやボリビア、ペルーなどの辺地へと移っていきます。

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