山岳巡礼倶楽部、赤沼の個人ブログ

カテゴリー: ギター

中林淳真さんのギター

子供のころは漠然と音楽家になりたいと思っていた。
そのころ実家に居候して音大に通っていた従姉の影響も大きかったと思う。
彼女からバイオリンを習った。
途中からオーケストラの一部(と子供が勝手に理解していた)であるバイオリンより、1台で音楽を表現できる(と子供が勝手に理解していた)ギターをやりたくなって転向した。実は単に飽きっぽいだけだったんだろうけど。

バイオリンの練習中(古い8mmフィルムからキャプチャーした)

ギター教室に通ってしばらくすると、もしかして自分には才能があるのではないか?と感じ始めた。
すぐに自信を持って傲慢になるのは毎度のパターンで、ギターについてはかなり早い段階でその自信を打ち砕かれたので大事には至らなかったが、クライミングに関しては長いこと勘違いしていたおかげで人生がだいぶおかしなことになった。

とても幸運なことにギター教室の先生は、実力あるプロギタリストの若い時代のアルバイトで、基本を丁寧に教えてくれたばかりでなく、ちょっとした表現なんかについても、ガキに教えるのはもったいないレベルでアドバイスをしてくれた。
ガキの耳にはほとんど入らなかったけれど、そういう言葉の端くれがどこかに残っていて、今頃やってみて納得したりしている。

そんな頃、中林淳真さんのアルバムに出会った。
パラグアイのギター名手、バリオス・マンゴレの作品を集めたアルバムで、代表作「大聖堂」には魂を持っていかれた。
難曲として知られる作品だが、中林さんは淡々と、正確無比に、でも実は熱情を内に秘めて、あえて出し切らない静かな演奏で魅せつけてくれた。

無謀にもこの大聖堂を、コンサートホールでの本格的な発表会で弾きたいと主張して、あたりまえだが先生に反対され、若気の至り(人生こればっか)で、この先生と別れてしまった。

その後しばらくは独学でギターを続け、バリオスからはじまって南米の作曲家ビラロボスなんかにもはまりつつ、気分はどんどんラテン系に傾倒していく。
最後はスペインまで行って、フラメンコの洗礼を受け、自分の才能のなさにとことん気が付かされて帰国。長年におよぶギター中断時代に入るわけ。

母親の援助を受けつつ苦労して買ったギターは、ノルウェー在住時代に泥棒にとられ、それからはおもちゃのようなギターでたまに遊んでいたが、数年前、妻からのクリスマスプレゼントとしてギターを手にして、いろいろと思い出しつつ練習を再開した。

中林淳真さんについては、1927年生まれということもあって、ほとんど情報がない。You tubeを探しても作曲した曲は見つかっても、本人の演奏情報はまったくなし。

若いころは名だたる賞をとりつつも、ジプシーと行動を共にして放浪していたとか、晩年は車中泊をしながら日本全国を演奏して歩いていたとか、真偽のわからない噂をいろいろ聞いて憧れていた。(一度だけアルバイト先でお見掛けしたことはあるんだが)

それがですね!
先月のこと。
クライマーつながりで初めてお会いした田丸さんという人(クライマーでカメラマン)と、八ヶ岳のわが家で飲んでいて、彼が中林さんと知り合いであることがわかったのだ。

この日は感激して思わず盛り上がり、10時間に及ぶ宴会をやってしまったのだが、後日田丸さんにお会いした際、なんと中林さんのCDやら、著書(そんなものあること自体知らなかった!)を持ってきて貸してくれたうえ、なんと中林さん自作曲の楽譜をもらってしまったのだ~!

がむしゃらに大聖堂が聴きたくなってきた。
でも残念ながらこのCDには入っていなかった。

大聖堂は3部に分かれた曲。

中林さんのアルバムに書かれていた解釈を記憶する限り、あるいは自分の解釈がいつの間にかつけくわわっているかもしれんが、1部はパラグアイのジャングル(?)にできた大聖堂に人が集まってくる様子。これから起きる神聖なミサへの期待やら、畏れ、憧憬の気持ちを持った人々が心高ぶらせながらも静かに集まってくる様子。
ここはあくまで静かに、正確に演奏しないといけない。
2部は、荘厳なミサの風景。バッハへのリスペクトをこめて作られたこの曲の中心部分だ。集う人たちの神秘への想いが静かに収束し結実していく風景。
そして3部はミサの余韻にひたりながら家路につく人たちの心情や光景を表現。やはり静かな感動と、また始まる一週間への期待や想い。それらが人々の中ではじけたり、統合されていったり。

3部すべてを通していえることは、厳粛さ、秘めたる熱情を同時に感じさせる演奏であってほしい。それを表現しきったのは中林さんをおいていないと思っている。

大聖堂は名手が大勢弾いているし、You tubeでもそれらを聴くチャンスは多くある。でもどうしても自分のなかで絶対化してしまった中林さんの演奏とは違うんだよな~

そういうわけで、大変たいへん僭越ながら、中林流演奏による「大聖堂」を自分で試みた。ってできるわけないじゃん。でもそういう気持ちで弾いたんだよ~

Asturias (Isaac Albeniz)

ギター曲として有名なアストゥリアスは、もともとカタロニア(スペイン)のピアニストで作曲家のアルベニスがピアノ曲として作ったもの。これをギターの巨匠セゴビアが編曲して演奏したことからギター曲として知られるようになった。
次から次へと現れては消える独創的な和音が独特なムードを作り印象的。
ギターを愛好する人ならたいていこの曲を試みるが、有名すぎてなかなか食指がわかなかった。
静かな場所よりも、がちゃがちゃとした喧噪のなかで奏でるほうが似合うような気がして、以前蝉時雨をバックに弾いてみたりした。
調子にのって、食器洗浄機の働く音を背景に演奏してみた~
恥ずかしげもなくまたまたオンライン発表会です。

吉祥寺・武蔵野倶楽部

El Ultimo Tremolo

Barrios Mangoreはパラグアイ原住民族の血をひくギタリストで作曲家。正規の音楽教育も受けているが、その原住民族的な風貌や、大きな手を駆使して作った難曲の数々、旅するギタリストとしてのイメージや多くのエピソードに飾られた音楽家。
代表作のLa Catedral(大聖堂)がギター界の巨匠ジョン・ウィリアムスに紹介されてから多くのギタリストが演奏してきたけど、私としては中林淳真のアルバムにあった(と記憶している)演奏に憧れた。放浪ギタリストとしての同一性が影響あるんかね~

La Catedralは練習を積み重ねてなんとかスコアが追えるようになった。そこで次にお気に入りだったEl Ultimo Tremoloに挑戦。コロナ自粛で引きこもっていたため案外早くスコアが追えるようになった段階で弾いてみた。まだまだ完成にはほど遠いぎくしゃくした演奏ですが、まあこれ以上は素人としては相当時間かけないと変わらないし、変われるかどうかもわからないので・・・・

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