投稿者: akanuma Page 4 of 8
山岳巡礼倶楽部のサイトを個人ページ化している犯人。
クライミングのために仕事と住む場所を選んで生きてきたけど、現在は東京在住でクライミングよりテニスに打ち込むおっさんと化している。

3日間連続の好天予想なので、一昨日に引き続き第4弾を決行。
一昨日の北横岳ではチェーンアイゼンをつけっぱなしにする作戦だった妻は、普通のアイゼンにも慣れておきたいというので、駐車場から前爪つきの本格的アイゼンで出発。
今回は無雪期には何度か登った横尾山。信州峠からの往復。



例年よりはたぶん雪が多め。でもトレースがばっちりついていて、歩きやすい。北横岳に比べると標高が低く湿雪なため、表面がクラストしやすい。妻のアイゼントレーニングにはよかったかも。

樹林を抜けると一気に展望が開ける。
三脚で記念撮影をしようとしていて妙な写真を撮ってしまった図。














本日の下山祝いランチは台湾料理屋さん。
量が多くて美味ということで、小川山あたりに通うクライマーには知られたお店。龍福です。

2月も後半になると寒いながら春の気配が。
つらつらと天気図を眺めていたら2~3日天気よさそうじゃん!
急遽、妻との雪山第三弾を決行することにしました。
第一弾で敗退した天狗岳の雪辱も考えましたが、なんとなく疲れもたまってるし、テニスやりすぎだし・・・・ということで、ロープウェイを使ってしまえば2~3時間の歩きで往復できる北八ヶ岳の北横岳をやることにしました。

まずは前夜、八ヶ岳の家に。
高速おりたのが夕方だったのでその足でお気に入りの味のれん和信に行ってまずは一杯。
赤坂の有名寿司店で修業した板さんがやってるお店でおいしくて、ボリュームがあって、安いのです。






50人乗りのロープウェイは朝からほぼ満席状態でした。
スキー客もいますが、登山者が圧倒的に多い様子ですな。
展望は八ヶ岳から北岳、甲斐駒が岳、後ろ側は西上州の荒船や妙義、そして遠くに槍穂高連峰も見えてます。妻は嬉しくて若干興奮気味。
雪面にはいい具合にトレースがついているので、私はツボ足(登山靴のみ)。妻は雪の上はずっとチェーンアイゼンをつける作戦続行中。
見渡したら大半の人がアイゼンつけてます。一部スノーシューの人も。
スノーシューはトレース上はアイゼンがわり?トレースをはずれれば雪も深いので遊べますね。







登山はあっという間におわり、お昼は小淵沢道の駅で。
中華レストランのつけ麺が案外と美味かった~
夏の穂高岳に夫婦で登ろうと簡単で低いところから、少しずつステップアップしていって、北穂高岳の山頂に立ったのは2018年の夏。
今度は雪のある山で同じことをやろう!
妻にとって雪山は完全に初めてではない。
最初は5月の蓼科山。
登山道に残雪がある程度だったけど、軽登山靴にサイズのあわないお古のアイゼンをつけて歩き、だいぶ疲れたみたい。そりゃそうだね。

そして1月の入笠山。あまりの展望のよさ、快適さに、妻も冬山の楽しさを満喫した様子。何せ山頂からは360度の展望が開けていたからね~
まあこれで雪山に開眼し、本格的な登山靴やアイゼンも購入。
積雪期の入笠山にはその後2回ほど登り、テニス仲間と積雪期の北八ヶ岳初心者コースを歩いたり。
さてそろそろアイゼンとピッケルを使って、雪の斜面をつめあげていくような雪山に登ろうか!ということでこのプランは始まりました。
最終ターゲットは木曽駒ケ岳か唐松岳あたりかね・・・と思ってますが、これ書いている時点では未定です。

第一弾は八ヶ岳東面からの天狗岳を狙いました。
2021年11月の最後。
以前にも冬の八ヶ岳を眺めに行った稲子湯~しらびそ小屋のコースを辿りました。
が、しらびそ小屋あたりから積雪が激しくなり、トレースも消える勢い。
稲子岳の岩壁手前あたりで引き返すことにしました。
ところが、二人ともアイゼンを持参していたものの、本格的な冬山用アイゼンのみ。
大した斜面もないし面倒だし・・・とアイゼンなしで歩いていたのですが、下山してきてもうすぐ駐車場というあたりで、妻は雪の下に隠れた氷に気が付かずすってんころりん。なんと手の骨にひびが入ってしまい、ひと月ほどは山はおろかテニスもできない状態となってしまいました。
稲子湯の登山口まであがって来たときは雪がなかったのに、急に降り出した雪のために、帰りの林道は完全に雪道。ノーマルタイヤで入ってしまった登山者の車が道のまんなかで横向いて止まっていて、救出劇を繰り広げることになりました。
さてそういうわけで手のけがも治った2022年2月、第二弾決行。
「あなたにつきあってアイゼンなしで歩いていたらまた怪我するわ!」という妻は、気軽に使えるチェーンアイゼンを持参して、雪のあるところはすべてアイゼンつけて歩く作戦に変更。
雪山トラウマ克服のため、最初に戻って緩斜面で短時間で山頂にたてそうな霧ヶ峰高原の最高峰、車山を目指します。


ハードシェル正解でした。
下は暖かパンツにおばさんキルティングスカートの組み合わせ。

直登ルートもあるものの、登山靴だけだと膝まで潜る箇所があって、こちらは下山で使うことにしました。



トレースのない直登ルートをおります。

山スキーには雪量が少なくて物足りないな~って言ってました。


子供のころは漠然と音楽家になりたいと思っていた。
そのころ実家に居候して音大に通っていた従姉の影響も大きかったと思う。
彼女からバイオリンを習った。
途中からオーケストラの一部(と子供が勝手に理解していた)であるバイオリンより、1台で音楽を表現できる(と子供が勝手に理解していた)ギターをやりたくなって転向した。実は単に飽きっぽいだけだったんだろうけど。

ギター教室に通ってしばらくすると、もしかして自分には才能があるのではないか?と感じ始めた。
すぐに自信を持って傲慢になるのは毎度のパターンで、ギターについてはかなり早い段階でその自信を打ち砕かれたので大事には至らなかったが、クライミングに関しては長いこと勘違いしていたおかげで人生がだいぶおかしなことになった。
とても幸運なことにギター教室の先生は、実力あるプロギタリストの若い時代のアルバイトで、基本を丁寧に教えてくれたばかりでなく、ちょっとした表現なんかについても、ガキに教えるのはもったいないレベルでアドバイスをしてくれた。
ガキの耳にはほとんど入らなかったけれど、そういう言葉の端くれがどこかに残っていて、今頃やってみて納得したりしている。
そんな頃、中林淳真さんのアルバムに出会った。
パラグアイのギター名手、バリオス・マンゴレの作品を集めたアルバムで、代表作「大聖堂」には魂を持っていかれた。
難曲として知られる作品だが、中林さんは淡々と、正確無比に、でも実は熱情を内に秘めて、あえて出し切らない静かな演奏で魅せつけてくれた。
無謀にもこの大聖堂を、コンサートホールでの本格的な発表会で弾きたいと主張して、あたりまえだが先生に反対され、若気の至り(人生こればっか)で、この先生と別れてしまった。
その後しばらくは独学でギターを続け、バリオスからはじまって南米の作曲家ビラロボスなんかにもはまりつつ、気分はどんどんラテン系に傾倒していく。
最後はスペインまで行って、フラメンコの洗礼を受け、自分の才能のなさにとことん気が付かされて帰国。長年におよぶギター中断時代に入るわけ。
母親の援助を受けつつ苦労して買ったギターは、ノルウェー在住時代に泥棒にとられ、それからはおもちゃのようなギターでたまに遊んでいたが、数年前、妻からのクリスマスプレゼントとしてギターを手にして、いろいろと思い出しつつ練習を再開した。
中林淳真さんについては、1927年生まれということもあって、ほとんど情報がない。You tubeを探しても作曲した曲は見つかっても、本人の演奏情報はまったくなし。
若いころは名だたる賞をとりつつも、ジプシーと行動を共にして放浪していたとか、晩年は車中泊をしながら日本全国を演奏して歩いていたとか、真偽のわからない噂をいろいろ聞いて憧れていた。(一度だけアルバイト先でお見掛けしたことはあるんだが)
それがですね!
先月のこと。
クライマーつながりで初めてお会いした田丸さんという人(クライマーでカメラマン)と、八ヶ岳のわが家で飲んでいて、彼が中林さんと知り合いであることがわかったのだ。
この日は感激して思わず盛り上がり、10時間に及ぶ宴会をやってしまったのだが、後日田丸さんにお会いした際、なんと中林さんのCDやら、著書(そんなものあること自体知らなかった!)を持ってきて貸してくれたうえ、なんと中林さん自作曲の楽譜をもらってしまったのだ~!

がむしゃらに大聖堂が聴きたくなってきた。
でも残念ながらこのCDには入っていなかった。
大聖堂は3部に分かれた曲。
中林さんのアルバムに書かれていた解釈を記憶する限り、あるいは自分の解釈がいつの間にかつけくわわっているかもしれんが、1部はパラグアイのジャングル(?)にできた大聖堂に人が集まってくる様子。これから起きる神聖なミサへの期待やら、畏れ、憧憬の気持ちを持った人々が心高ぶらせながらも静かに集まってくる様子。
ここはあくまで静かに、正確に演奏しないといけない。
2部は、荘厳なミサの風景。バッハへのリスペクトをこめて作られたこの曲の中心部分だ。集う人たちの神秘への想いが静かに収束し結実していく風景。
そして3部はミサの余韻にひたりながら家路につく人たちの心情や光景を表現。やはり静かな感動と、また始まる一週間への期待や想い。それらが人々の中ではじけたり、統合されていったり。
3部すべてを通していえることは、厳粛さ、秘めたる熱情を同時に感じさせる演奏であってほしい。それを表現しきったのは中林さんをおいていないと思っている。
大聖堂は名手が大勢弾いているし、You tubeでもそれらを聴くチャンスは多くある。でもどうしても自分のなかで絶対化してしまった中林さんの演奏とは違うんだよな~
そういうわけで、大変たいへん僭越ながら、中林流演奏による「大聖堂」を自分で試みた。ってできるわけないじゃん。でもそういう気持ちで弾いたんだよ~

前回の試作(と言ってもレンガとかブロック積み上げただけ)では、レンガの煙突にあわせて燃焼室を作った。それでは廃材を燃やしたりするには容量不足。
ということで、ブロックを積み替えて燃焼室を倍くらいにしてみた。
ぜんぶ積み上げて作っているだけなので、難しいパズルのような作業だった。
テストランでは雨続きで廃材が乾いていなくて、大きな火にならず。
やはりある程度燃え始めてはじめてドラフト現象とか起きるんだろうけど、これでは無理。
再積み上げ後、ちょうど何日か好天が続いたので燃焼実験再開。
いい感じで燃えてる~
燃焼実験は成功というわけで、この構造で実機を作ることに決定。
材料の選別、組上げ方法、それにこの熱エネルギーの再利用方法の検討に入らねば。

しばらく行かないうちに荒れてきた八ヶ岳南麓のおうち。
東京でテニスに夢中になってたからな~
庭の囲い塀につる草が巻き付いて大変汚いことになっていたので、これらをまずは除去。
さて廃材をどうしよう。燃やしたいけど、煙もくもくするのはご近所迷惑。
というわけで焼却炉の自作を考えて検索しまくった結果、燃焼工学だの、煙突効果だの、二次燃焼だのという言葉に詳しくなり・・・・
断熱された長い煙突をつけると、中でドラフト現象って~のが起きて、二次燃焼を起こして煙を薄くしてくれると・・・・ふむふむ。
まずは庭のあちらこちらに落ちていたレンガやらブロックやらをかき集めて、ロケットストーブらしきものを作ってみた。と言っても積んだだけ。
これで件の燃焼理論やらなにやらを体感して、うまくいったら焼却炉サイズのものを作り廃材を燃やそうというわけ。耐熱煉瓦とか高いんだけどね~どしよ。
あ、あとチェーンソーも買わないと。
比志津金山塊の里山歩きに端を発した、古寺探訪と山城歩き。
今回は穂坂路の狼煙台コースに沿って、比較的マイナー(?)な比志神社/比志城址を訪ねてみた。
そうは言っても八ヶ岳南麓の我が家から休日一日を費やすには工程が短すぎる。
まずは起点として韮崎の新府城に行く。いやまあ途上にあるシャトレーゼでワインを買うというついでもあったんですがね。だったら躑躅ヶ崎、甲府城まで行けよと言われそうですが、さすがに甲府までドライブしてもろ観光コースを歩きたくもないな・・・と。
歴史検証は人におまかせするとして、武田やら徳川やらがここ新府城から穂坂路に沿った狼煙リレーを行った可能性もあるのだなと想像してるわけです。


ここから甲州~佐久の往還路であった穂坂路(県道23号)に沿って、みずがき湖方面に向かうと、みずがき湖の少し手前が比志の集落で、ここに比志神社があります。比志津金山塊の斑山や笠無などはこの道の西。そして獅子吼城をはじめ狼煙台のある山城がこの街道沿いに並んでいます。

比志の集落のど真ん中、塩川のほとりに比志神社があります。

とても気持ちのよい集落

いよいよ本日のメインイベント、比志城址に向かいます。
比志神社からは塩川をはさんで向かい側の里山がそれらしい。
徳泉寺の先で林道が通行止めとなっているので、手前に駐車して大回りに尾根に向かうが踏みあとはほとんどない。




全工程を通してしっかりとした踏みあとはほとんどない。帰りは谷筋に下り、車を停めた林道に直行。
比志津金山塊と言われる、一連の里山的な山たちに関心をもってざっとネットリサーチをしてみた。比志も津金も北杜市須玉町に属する地名ではありますが、比志津金山塊全体がどちらかに属しているわけではなく、行政的には須玉町小尾、比志、下津金、上津金、江草、東向・・・・と言ったいくつかの地名が包摂されているようです。まあそれは所詮行政区分ということで、この山塊の性格を決定づけるものではないでしょうがね。
さて、この地域を地図などで眺めていると、多くの神社仏閣や城址があることがわかります。そして各城址について調べると実に多くの狼煙台がそこに連綿と設置されていたことがわかります。
もうひとつわかったのは、先日登った斑山には金鉱山があったらしいこと。

ここでは歴史、文化の調査を目的としているわけではなく、興味の対象はあくまで「里山的な楽し気な山脈」なんですが、上記のリサーチからとりあえず安直な結論をくだすなら、この一帯は甲斐武田源氏一族の発祥の地とも言われるくらいの武田源氏ど中心な地域であり、文化的痕跡を多くのこしている地帯であるということです。武田家は金鉱山の開発といった産業を興し、この一帯に点々とつながる城のネットワークをつないだ狼煙リレー方式の伝達網を駆使しつつ、棒道と呼ばれる物資や人を運搬する戦略的ロジスティクスを展開して信濃などを攻略していったと、そういうことのようです。
根古屋神社の大ケヤキと獅子吼(ししく)城址(城山)
獅子吼城(別名江草城または江草小屋)は標高788mの山城で、山名は城山となっている。当然ながら狼煙リレーの重要な中継地点の一つ。その麓にあるのが根古屋神社で、本殿をはさんで二本あるケヤキの巨樹が国の天然記念物とされ、観光対象ともなっている・・・・・と情報にはあるが、ゴールデンウィーク中に2回いったが一切人には出会わず。つまり静かな良いところだった。


根古屋神社の右手を巻くように細い車道を進むと、獅子吼城址への登山口があります。


海岸寺
海岸寺は比志津金山塊の西。小川山に通ったクライマーなら、安くお風呂に入れる「おいしい学校」の少し北と言えばわかるでしょうか。141号線近くの大門ダムのちょうど東くらい。大門ダムと海岸寺の間には1087.8mのピークがありますが、ここもどうやら山城だったらしく源太ヶ城と呼ばれているようです。余談ですが、地図を見るとこのピークの近くまで細い車道(林道)が到達しているように見えるので確認にドライブしてみました。が、どうも廃道くさく、車でのアプローチは難しそう。

山奥の静かな禅寺、海岸寺は入口に「観光客は受け入れていない」旨、板書されています。境内には100体観音といわれる石仏が並んでいます。
禅寺だけあって静けさに包まれた境内は心安らぎます。
樹林を前にした瞑想用のベンチなどもあります。
2回訪ねましたが、まったく人には会わず。

八ヶ岳南麓の別宅で半日ほど時間があったので、軽い山歩きでもしようかと周辺の地図を見ていてみつけたのが斑山(1115m)。マイナーながら登山道もあって1時間ほどで山頂に行けるようです。

斑山のことを登った後にわかったのですが、この茅ヶ岳(にせ八ヶ岳とも言われる)と八ヶ岳の間に位置する山塊を比志津金山塊というのだそうです。甲斐大泉駅近くの別宅に通うたびにこの山並びが気になってはいたのですが、その名前は初耳でした。
で、とりあえず斑山行ってきました。


【斑山】
斑山は比志津金山塊の南端近くにあります。
小さく目立ちにくい登山口の反対車線側に駐車して登山開始。舗装された林道はすぐに樹林の登山道となります。
最初はいくらか急な登りですが、稜線にはいってからは気持ちのよい起伏を越えていきます。八ヶ岳や甲斐駒ヶ岳の山々も遠望できます。
ブナの花々や珍しいきのこ類も目を楽しませてくれます。
のんびり歩いてピークをいくつか超えていくと、1時間ちょいとで山頂に到着。
さて下山後、斑山について調べてみました。
斑山は日本山岳会山梨支部で発表している「甲斐百名山」のひとつとして紹介されていました。そしてそれ以外にも比志津金山塊から、笠無(1476m)、三ツ沢の頭(丸山)(1665m)の二つが入っているようです。
これらの山には時折登山者が入っているようで、登山記録には斑山が貴重なきのこ(松茸?)の産地であるため、秋は閉鎖されるとか書かれていましたよ。

Google画像検索するとChaga Mushroomというのが近い感じ。もしそうだったらカバノアナタケとか霊芝とか言われる貴重なキノコなのかも???
比志津金山塊。なにやら楽しくなってきました。
● 立地的にマイナーで人静かな山歩きができそう。
● 八ヶ岳や南アルプスにも近い絶好の山岳地帯
● 松の植林が一部あるほかは広葉樹のブナ林で4月のこの季節は緑が美しく、花々も楽しめる。キノコ類なんかも豊かなのかも
● 周り中に由緒ありげな神社仏閣が多くあります。歴史的な発見もあるかも。
というわけで、しばらくはこの辺で遊べそうです。













