投稿者: akanuma Page 3 of 7
山岳巡礼倶楽部のサイトを個人ページ化している犯人。
クライミングのために仕事と住む場所を選んで生きてきたけど、現在は東京在住でクライミングよりテニスに打ち込むおっさんと化している。
10月最後の週末にかけて、夫婦で4日間(木~日曜日)の秋休み。
どこへ行こうか?
西穂で味をしめた妻は、展望のよい山に行きたいという。
登りは3時間以内、道も悪くないという条件つき。
越後の浅草岳なら自分も登ったことないし、最短ルートならコースタイム3時間程度。これにしよう。
1日目
一日ゆっくりドライブして新潟入り。ビジネスホテルに泊まって居酒屋で一杯。
2日目
浅草岳登って、温泉で打ち上げ。
3日目
寄り道しながらゆっくり帰宅
4日目
予備日
てなのんびりプランを立てて、ビジネスホテル&温泉宿の予約完了。
そしたら2日目の天気が悪そうだよ。1日目はよさそうだよ。
というわけで急遽前夜に現地入りして1日目の早朝から浅草岳登山に変更。
駐車場車中泊は寒いし寝られないから嫌っていうので、もう1泊ビジネスホテル泊まり。
夜の関越を飛ばして新潟、見附市のビジネスホテル。
深夜の到着だし、まわりにはお店がなんもないぞ。
コンビニで買った地酒とおつまみセットで一杯。
ここからネズモチ平という登山口の駐車場まで2時間程度らしい。
妻も私も仕事でお疲れモードだし、早朝発なので飲みは控えめに。
登りだしあたりがちょうど紅葉の盛りかな。
ネズモチ平からの直登ルートがコースタイム最短ってことで、深く考えずここを登ることに。
あとでわかったことだけど、実は一番の急登ルートだった。
しかも夜中に急に出てきたので、携帯用の地図をダウンロードし忘れて、地図無し状態。別のルートをおりることもできず、急な道を往復するはめとなって、妻は思ってたのと違うとぶつぶつ。
じめじめの急登で木の根もよく滑る。こんなところ下りるのは嫌だというが、地図忘れたからここおりるしかないね~
稜線に近づくと山が開けて気持ちよくなってくる。
登ってきた稜線
地酒飲み比べセットがお得。
酔法師って酒が絶品でした。
締めの長岡ラーメン
さて2日目。本来なら浅草岳を登る日。
天気悪いはずだったのに、今日も朝から快晴。昨日急いで登る必要なかったじゃん。
今夜は野沢温泉でご馳走食べる予定なんで、お昼は軽くとろろそば。
前倒しで遊び倒してしまったので、3日目に帰宅。うちでゆっくり休んで明日はテニスでも行きましょう~
夫婦で6日間の夏休み。
どこへ行くかの議論は、「何食べようか?」から始まります。
「山形で米沢牛食べて月山登ってこようよ」と妻。
「北陸で寿司~。ついでに西穂?」と体調悪いと牛肉食べられない私。
直前までもめたものの、東北も北陸も天気予報が悪く、良さそうなのは東海方面かな。
そこで思い出したのが、昔仕事で何度か行った静岡県吉田町の鰻がうまかったこと。
んじゃあまあ、鰻だけで6日間も東海を旅してもしょうがないし、八ヶ岳の家をベースにのんびりしつつ、途中のイベントとして中部自動車道で吉田町へ行こうという、半ば腰砕けプランに落ち着いた。まあ天気悪いんじゃあしょうがないよね。
【夏休み1日目】
八ヶ岳の家は最近山仲間との宴会場と化してまして、夫婦でゆっくり過ごすのは久しぶりかも。
伸びきった草を刈ったり、掃除したりして。
畑の中の直売所で枝豆見つけて即購入。
獲れたての枝豆って最高だよね~と思い切り期待しながら茹でたらちっとも美味くなかった。そういうこともあるのね。
【夏休み2日目】
この図は「清里から甲府に至る林道、クリスタルラインの案内図から。
西が清里の牧場やら八ヶ岳界隈。
東が瑞牆山や茅ヶ岳など。
その間にあって不遇ななぁ~んにもない地帯。これが好きなわけです。
概ね、飯盛山の南にあたる比志津金山塊というエリア。
さて2日目はお盆休み最中で、どこへ行っても混んでるだろうし、マイナーで軽い山歩きでもしようと地図をぼんやりと眺めます。
有名な飯盛山の南、佐久と北杜市の境あたりに「樫山牧場」というのを発見。ほとんど知られていないし(つまり人がいない)、場所がら植生や岩質、地形などを考えると絶対に良いところなはず!
八ヶ岳がよく見えて、なだらかな丘で、うまくすると牛なんかも歩いているかも。期待がふくらみます。
実は「樫山牧場」でググってちょっと嫌なキーワードなんかも見え隠れしていて妙な予感はあったのですが・・・・
やっぱりこうなっていたか・・・・
ソーラー発電ですね。
牧場は廃業したらしい。
行き止まりで入れません。
自然破壊と言えばかつてゴルフ場だったのが、今やナンバー1はこれかもね。
川上村も北杜市もみぃ~んなせいぜい数千万円の固定資産税とせいぜい十数人レベルの雇用と引き換えに、自然資産と景観を売り飛ばしているプチプチ商人なんだな~などと、ろくに調べもせずイメージだけで憤慨しきり。でもまあ実際、観光開発に失敗した自然エリアはどこもこんな感じになってきていて、われわれ篤志家の遊び場はどんどんなくなってます。
では牧場つながりでもう少し北の平沢牧場を目指してみましょう。
これはもう飯盛山の南麓で、牧場はまだやってるんではなかろうか。
おお。なかなか良いところではないですか。
ただ牧場は放牧中につき柵が張り巡らされていて入れません。
「なんか閉鎖的でやだね~」とかぶつぶつ言いつつも、ソーラーよりは納得して柵のまわりをウロチョロと歩き回りましたです。
小一時間は歩いたものの柵の中を通る登山道には入れません。
私はまあ「こんなもんだよ。うち帰って飲むか~」てなもんですが、妻は歩きたりない様子。
「あんたの嫌いな観光登山でもいいから、気持ちのよい登山道が歩きたい!」という妻に導かれて、前に歩いたという美しの森へ。
木道がずっと続いていてハイステップの連続。これってつらいんだよね~
でもまあ緑のなかを歩き回ってそれなりに楽しめました。
【夏休み3日目】
そろそろ世間のお盆の最終日だし、空いてきたかな~とメインイベント鰻ツアーに出かけます。
北杜市から静岡は中部自動車道できて近くなったね~
あっという間に吉田町。
お盆休み、まだ終わってなかったらしい。
行列になってて、1時間以上待っての入店。
私の人生で最長の待ち時間だったかも。
特上、うな重に鰻の白焼きついて5千円くらいだった。
この味でこの値段なら行く価値あるな~。大満足。
もちろん私は運転を妻にまかせて日本酒で一杯。
この日は近所のビジネスホテル泊。
夜は寿司を求めて出かけたけど、回転寿司しかなかった。
いずれにせよ鰻で満腹になってて、あまり食べられなかったんだけどね。
【夏休み4日目】
朝からなんとなく曇り空。予報では午後から雨。
中部自動車道から見て格好いい!と思ってた篠井山の登山口を一応目指したけど、途中からすでに雨が降り出して転戦。
では観光だけでもと日蓮宗の総本山、身延山へ。
はじめて来たけど思いのほか良いところですな。気持ちのいい境内です。
車で上のほうまで上がってしまったので、参拝用のこの階段は登ったふりだけ。
名物のゆばと身延まんじゅうを購入して八ヶ岳に帰宅。
八ヶ岳の隣人にまんじゅう土産に持って行ったら、その人身延出身で身延から帰ってきたばかりだった。はは。
【夏休み5日目】
テニスして休憩。
【夏休み6日目】
夏休みも最終日。前の日に東京に帰ってテニスクラブ行くかというアイデアもあったんだけど、この日は天気予報がよくなったので、山登りに行くことに。
前日You tubeでかほちゃんの山登り動画を観ていて、「白峰三山が見たい!」という妻。
You tubeで観る山登り系動画って、あんまり良いのがない印象。
独りよがりだったり、やたら危険をあおってみたり、歩きながらGo proで撮影した画像を延々流したり。
そんな中で彼女のは本気度が違う気がする。
動画を観る人(登山初級女子が主なターゲットかな)の気持ちに寄り添って、必要な情報を端的にまとめ、自分が歩く姿も一度撮影して戻ってカメラを回収するところまでやってるのでイメージがつかみやすい。
なにより食いっぷりの良さ飲みっぷりの良さも含めて好感度高めなのと、冗長にならない編集が秀逸。錚々たるクライマーたちが彼女にあってメロメロになっているのも頷けますな~
私にしても有名な山やルートを標識に導かれて、ぞろぞろ登るのが楽しいのかな~てな気持ちもあったわけですが、かほちゃんがフォーカスして見せる景色や花や緑の美しさ、ファッション、山小屋生活の魅力・・・・そういうコンテンツに妻がどんどん心奪われる様子を見ていて、視点の違いに気が付いたりもしました。
さて白峰三山見学ツアーのため櫛形山に向かったけど、8月いっぱい林道が工事中で登山口に行けず。
で、夜叉神峠に転戦。
これ大当たりでした。
なだらかで歩きやすい登山道を小一時間で夜叉神峠。そこで一気に視界が開け、三山全部見えました。
さらに鳳凰三山方面に行けるところまで行って引き返そうと縦走路をハイキング。
樹林帯ですが、途中北岳の山頂がちらっと見えました。
まあ時間的にここを終点として引き返すことに。
でもまた悪い癖がでて・・・・
地図見たら「大崖頭山」てのが近くにあるではないですか。
登山道の記載はないけど、これだけ人が多くくるエリアですから、踏み跡くらいあるでしょう。
道、踏み外します。
道、踏み外し大正解。踏み跡はしっかりあるし、登山道以上に原生的な緑が美しい。妻は熊を恐れてずっと話をしながら歩いておりました。
山頂には三角点のみ。往路を引き返し、夏休みはおしまい。
雪山第5弾は飯縄山。いいづなやまと読みます。
長野市の北に柔らかな存在感をもって目を引く名峰です。
謎の友人Aさんも参加。
Aさんは初アイゼン、初ピッケルということで、雪山技術はある程度必要だが、難しすぎず、長すぎず、展望のよい山・・・・ということでリサーチし、この山に決めた。
よさげな高気圧に覆われた3月10日、登山決行。
平日だというのに駐車場には結構な数の車がいる。今日は雪も多めです。
妻のお得意、「雪の上はすべてアイゼンをつける作戦」にAさんも同調。登山口でアイゼン装着。
一方わたしゃ前に進めなくなるまでつぼ足で体力温存作戦。
完全な厳冬期だった第4弾までの山に比べてはるかに暖かい春山状態。
日焼けには要注意ということで女性ふたりはテニスのフェースマスクにサングラスで完全武装。
宗教登山の道とあって、道中には仏さんが多く、顔の部分は雪かきがしてあります。
ここでお昼寝してるわ~というAさんを残して妻と二人で山頂に向かう。
3日間連続の好天予想なので、一昨日に引き続き第4弾を決行。
一昨日の北横岳ではチェーンアイゼンをつけっぱなしにする作戦だった妻は、普通のアイゼンにも慣れておきたいというので、駐車場から前爪つきの本格的アイゼンで出発。
今回は無雪期には何度か登った横尾山。信州峠からの往復。
例年よりはたぶん雪が多め。でもトレースがばっちりついていて、歩きやすい。北横岳に比べると標高が低く湿雪なため、表面がクラストしやすい。妻のアイゼントレーニングにはよかったかも。
樹林を抜けると一気に展望が開ける。
三脚で記念撮影をしようとしていて妙な写真を撮ってしまった図。
本日の下山祝いランチは台湾料理屋さん。
量が多くて美味ということで、小川山あたりに通うクライマーには知られたお店。龍福です。
2月も後半になると寒いながら春の気配が。
つらつらと天気図を眺めていたら2~3日天気よさそうじゃん!
急遽、妻との雪山第三弾を決行することにしました。
第一弾で敗退した天狗岳の雪辱も考えましたが、なんとなく疲れもたまってるし、テニスやりすぎだし・・・・ということで、ロープウェイを使ってしまえば2~3時間の歩きで往復できる北八ヶ岳の北横岳をやることにしました。
まずは前夜、八ヶ岳の家に。
高速おりたのが夕方だったのでその足でお気に入りの味のれん和信に行ってまずは一杯。
赤坂の有名寿司店で修業した板さんがやってるお店でおいしくて、ボリュームがあって、安いのです。
50人乗りのロープウェイは朝からほぼ満席状態でした。
スキー客もいますが、登山者が圧倒的に多い様子ですな。
展望は八ヶ岳から北岳、甲斐駒が岳、後ろ側は西上州の荒船や妙義、そして遠くに槍穂高連峰も見えてます。妻は嬉しくて若干興奮気味。
雪面にはいい具合にトレースがついているので、私はツボ足(登山靴のみ)。妻は雪の上はずっとチェーンアイゼンをつける作戦続行中。
見渡したら大半の人がアイゼンつけてます。一部スノーシューの人も。
スノーシューはトレース上はアイゼンがわり?トレースをはずれれば雪も深いので遊べますね。
登山はあっという間におわり、お昼は小淵沢道の駅で。
中華レストランのつけ麺が案外と美味かった~
夏の穂高岳に夫婦で登ろうと簡単で低いところから、少しずつステップアップしていって、北穂高岳の山頂に立ったのは2018年の夏。
今度は雪のある山で同じことをやろう!
妻にとって雪山は完全に初めてではない。
最初は5月の蓼科山。
登山道に残雪がある程度だったけど、軽登山靴にサイズのあわないお古のアイゼンをつけて歩き、だいぶ疲れたみたい。そりゃそうだね。
そして1月の入笠山。あまりの展望のよさ、快適さに、妻も冬山の楽しさを満喫した様子。何せ山頂からは360度の展望が開けていたからね~
まあこれで雪山に開眼し、本格的な登山靴やアイゼンも購入。
積雪期の入笠山にはその後2回ほど登り、テニス仲間と積雪期の北八ヶ岳初心者コースを歩いたり。
さてそろそろアイゼンとピッケルを使って、雪の斜面をつめあげていくような雪山に登ろうか!ということでこのプランは始まりました。
最終ターゲットは木曽駒ケ岳か唐松岳あたりかね・・・と思ってますが、これ書いている時点では未定です。
第一弾は八ヶ岳東面からの天狗岳を狙いました。
2021年11月の最後。
以前にも冬の八ヶ岳を眺めに行った稲子湯~しらびそ小屋のコースを辿りました。
が、しらびそ小屋あたりから積雪が激しくなり、トレースも消える勢い。
稲子岳の岩壁手前あたりで引き返すことにしました。
ところが、二人ともアイゼンを持参していたものの、本格的な冬山用アイゼンのみ。
大した斜面もないし面倒だし・・・とアイゼンなしで歩いていたのですが、下山してきてもうすぐ駐車場というあたりで、妻は雪の下に隠れた氷に気が付かずすってんころりん。なんと手の骨にひびが入ってしまい、ひと月ほどは山はおろかテニスもできない状態となってしまいました。
稲子湯の登山口まであがって来たときは雪がなかったのに、急に降り出した雪のために、帰りの林道は完全に雪道。ノーマルタイヤで入ってしまった登山者の車が道のまんなかで横向いて止まっていて、救出劇を繰り広げることになりました。
さてそういうわけで手のけがも治った2022年2月、第二弾決行。
「あなたにつきあってアイゼンなしで歩いていたらまた怪我するわ!」という妻は、気軽に使えるチェーンアイゼンを持参して、雪のあるところはすべてアイゼンつけて歩く作戦に変更。
雪山トラウマ克服のため、最初に戻って緩斜面で短時間で山頂にたてそうな霧ヶ峰高原の最高峰、車山を目指します。
ハードシェル正解でした。
下は暖かパンツにおばさんキルティングスカートの組み合わせ。
直登ルートもあるものの、登山靴だけだと膝まで潜る箇所があって、こちらは下山で使うことにしました。
トレースのない直登ルートをおります。
山スキーには雪量が少なくて物足りないな~って言ってました。
子供のころは漠然と音楽家になりたいと思っていた。
そのころ実家に居候して音大に通っていた従姉の影響も大きかったと思う。
彼女からバイオリンを習った。
途中からオーケストラの一部(と子供が勝手に理解していた)であるバイオリンより、1台で音楽を表現できる(と子供が勝手に理解していた)ギターをやりたくなって転向した。実は単に飽きっぽいだけだったんだろうけど。
ギター教室に通ってしばらくすると、もしかして自分には才能があるのではないか?と感じ始めた。
すぐに自信を持って傲慢になるのは毎度のパターンで、ギターについてはかなり早い段階でその自信を打ち砕かれたので大事には至らなかったが、クライミングに関しては長いこと勘違いしていたおかげで人生がだいぶおかしなことになった。
とても幸運なことにギター教室の先生は、実力あるプロギタリストの若い時代のアルバイトで、基本を丁寧に教えてくれたばかりでなく、ちょっとした表現なんかについても、ガキに教えるのはもったいないレベルでアドバイスをしてくれた。
ガキの耳にはほとんど入らなかったけれど、そういう言葉の端くれがどこかに残っていて、今頃やってみて納得したりしている。
そんな頃、中林淳真さんのアルバムに出会った。
パラグアイのギター名手、バリオス・マンゴレの作品を集めたアルバムで、代表作「大聖堂」には魂を持っていかれた。
難曲として知られる作品だが、中林さんは淡々と、正確無比に、でも実は熱情を内に秘めて、あえて出し切らない静かな演奏で魅せつけてくれた。
無謀にもこの大聖堂を、コンサートホールでの本格的な発表会で弾きたいと主張して、あたりまえだが先生に反対され、若気の至り(人生こればっか)で、この先生と別れてしまった。
その後しばらくは独学でギターを続け、バリオスからはじまって南米の作曲家ビラロボスなんかにもはまりつつ、気分はどんどんラテン系に傾倒していく。
最後はスペインまで行って、フラメンコの洗礼を受け、自分の才能のなさにとことん気が付かされて帰国。長年におよぶギター中断時代に入るわけ。
母親の援助を受けつつ苦労して買ったギターは、ノルウェー在住時代に泥棒にとられ、それからはおもちゃのようなギターでたまに遊んでいたが、数年前、妻からのクリスマスプレゼントとしてギターを手にして、いろいろと思い出しつつ練習を再開した。
中林淳真さんについては、1927年生まれということもあって、ほとんど情報がない。You tubeを探しても作曲した曲は見つかっても、本人の演奏情報はまったくなし。
若いころは名だたる賞をとりつつも、ジプシーと行動を共にして放浪していたとか、晩年は車中泊をしながら日本全国を演奏して歩いていたとか、真偽のわからない噂をいろいろ聞いて憧れていた。(一度だけアルバイト先でお見掛けしたことはあるんだが)
それがですね!
先月のこと。
クライマーつながりで初めてお会いした田丸さんという人(クライマーでカメラマン)と、八ヶ岳のわが家で飲んでいて、彼が中林さんと知り合いであることがわかったのだ。
この日は感激して思わず盛り上がり、10時間に及ぶ宴会をやってしまったのだが、後日田丸さんにお会いした際、なんと中林さんのCDやら、著書(そんなものあること自体知らなかった!)を持ってきて貸してくれたうえ、なんと中林さん自作曲の楽譜をもらってしまったのだ~!
がむしゃらに大聖堂が聴きたくなってきた。
でも残念ながらこのCDには入っていなかった。
大聖堂は3部に分かれた曲。
中林さんのアルバムに書かれていた解釈を記憶する限り、あるいは自分の解釈がいつの間にかつけくわわっているかもしれんが、1部はパラグアイのジャングル(?)にできた大聖堂に人が集まってくる様子。これから起きる神聖なミサへの期待やら、畏れ、憧憬の気持ちを持った人々が心高ぶらせながらも静かに集まってくる様子。
ここはあくまで静かに、正確に演奏しないといけない。
2部は、荘厳なミサの風景。バッハへのリスペクトをこめて作られたこの曲の中心部分だ。集う人たちの神秘への想いが静かに収束し結実していく風景。
そして3部はミサの余韻にひたりながら家路につく人たちの心情や光景を表現。やはり静かな感動と、また始まる一週間への期待や想い。それらが人々の中ではじけたり、統合されていったり。
3部すべてを通していえることは、厳粛さ、秘めたる熱情を同時に感じさせる演奏であってほしい。それを表現しきったのは中林さんをおいていないと思っている。
大聖堂は名手が大勢弾いているし、You tubeでもそれらを聴くチャンスは多くある。でもどうしても自分のなかで絶対化してしまった中林さんの演奏とは違うんだよな~
そういうわけで、大変たいへん僭越ながら、中林流演奏による「大聖堂」を自分で試みた。ってできるわけないじゃん。でもそういう気持ちで弾いたんだよ~
前回の試作(と言ってもレンガとかブロック積み上げただけ)では、レンガの煙突にあわせて燃焼室を作った。それでは廃材を燃やしたりするには容量不足。
ということで、ブロックを積み替えて燃焼室を倍くらいにしてみた。
ぜんぶ積み上げて作っているだけなので、難しいパズルのような作業だった。
テストランでは雨続きで廃材が乾いていなくて、大きな火にならず。
やはりある程度燃え始めてはじめてドラフト現象とか起きるんだろうけど、これでは無理。
再積み上げ後、ちょうど何日か好天が続いたので燃焼実験再開。
いい感じで燃えてる~
燃焼実験は成功というわけで、この構造で実機を作ることに決定。
材料の選別、組上げ方法、それにこの熱エネルギーの再利用方法の検討に入らねば。